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今日は・・動き過ぎた。

水曜なのに、疲れが取れない。

仮眠で、仕事の夢を見た・・疲れすぎた。

 

慌てるような製品でもないのに、つい頑張り過ぎる。

悪く言えば、工場に「優しさ利用」をされてる。

 

独り言も単調になり始めて、なんだか・・、人との会話もできなくなりつつある・・。

疲れすぎて、狂いそう。

 

何度か書いてるが、自分にとって今の仕事は、次元が低すぎて疲れやすいのかと思った。

5段階ほど下に観てる。

「嫌い」であれば、さっさと消化できる仕事。

そんな数を作業しても給料は上がらないのに、なぜ、消化しないといけないのか。

「急げ、急げ」と言ってるのは、事務だけ。

魔法のように進むわけがないのに、急かすのは事務だけ。

 

多様性の原点である「色つきの布」は、生み出す側としては、「つまらないこと」に過ぎない。

大量生産の場合、まとめて染めたりするので、「人生の生業」として、成立しにくいために、

他人の時間を使うことで、「人生の生業」を見せかけている。

その見せかけは、楽観的にも、道徳的にも良くないと考える。

射手座向きではない仕事であり、見せかけるためだけに努力してるのは、あほらしく思える。

だから、「つまらない」、「次元が低すぎる」結果になる。

 

 

自分が人間って感覚が薄れてきてるのだろうかなぁ・・。

変な苦しさが出てる。

さすが、「生きたまま地縛霊」にしたがる工場ではある。

工場の建物に取り込まれそうな勢いで、動く無機物化し始めてるような気持ち悪さがある。

それほどに、自分ってのが無くなりつつある。

自我が半分無ければ、外的凶器なく、コブシ一つで自殺はできる。

躊躇わないからなぁ。

誰かを無意識で殴りかかる可能性も高くなりつつある。

 

 

一人当たりの負荷が大きい作業。

(何度か書いてるが、コロナ対応の医療従事者が味わってるような気疲れなどは、

異業種の私の場合でも、4~5年も続いてるようなものだからね。)

(分担作業がなってない、作業動線が悪い工場なので、気疲れもあり、作業疲労。)

(工場内分業のようなイメージ、持ち場意識が強くかかり過ぎ。)

 

これから先も縛られ続けるのだろうか・・。

 

 

このままではダメだということで・・。

何か(趣味や特技)本腰をいれないと、自分が自分じゃなくなってしまう。

我を強く持つわけではないが・・。

 

我を強く持つと、裏舞台の「蝶」の役割が、「蛾」になってしまう。

それだと他人の幸せを壊したがる人になってしまう。

 

これ以上工場に集中してたら、「自分の人生ではない」感覚に陥る。

二度と「自分の人生」を歩めなくなりそう。

軍隊的思想になりそう・・。