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漠然としかないが・・「なりたい者」というよりも・・。
仕事と言う意味での「連れ人」になってるか、抱えてる可能性はある。
私は私の「未来視」はできないからね。
その「連れ人」と言うのは・・。
10年後よりも少し前で、2029年頃には温暖化が極端に進んでいると仮定。
理念上の付き合いで、仲間ほどではないが「考え」には近寄る人は居そう。
想定の範囲内では、今年中には近寄る人は居そう。
私の運命は、いくらでも歪めれるが・・。
福祉に携わってる軸、踊り子をしてる軸、書道をしてる軸、温暖化対策に乗り出してる軸、
工場で嫌々常に働いてる軸、大病で入院してる軸、舟乗りになっている軸、占い師の軸、
あらゆる時間軸は見える。
それをどういう一歩で、時間軸を作るかはこれからよ・・。
まぁ、人生の出番は微かにあっても、目的は今はないからね。
父親のように40代で死ぬ可能性はあるわけで・・それまでにやれることはやる。
(最短で、約4~5年後。)
万が一、生き残っていた場合の「老働計画」も立てておく・・。
あらゆるパターンの終活を常に用意しておく。
それが悔いのない生き方だろう。
「舞台屋は舞台で死ぬ」という願望は、
「自分の名前」が舞台名であり、それの生き方(人生)が舞台上のできごと。
どの時点で死のうと「舞台で死ぬこと」には違いはない。
◇
そもそも、今の子ども、孫世代を「世界」は守る気があるのか。
2030年前後には、酷暑が続くか、寒冷化が続くのだから、
それで暑い思いをさせていいのだろうか。
去年から小学校に入学した年齢以降は、「災害災難の世代」と称されてもいいと思う。
「平成の発展を恨む世代」でもある。
昭和の家電などが愛され始めているのは、平成への抵抗、反抗とも言えそう。
コロナ禍は、その温暖化への対応策と訓練の意味も含めて、感じ取ってほしいものだ。
温暖化になれば、安全と危険が逆転する。
安全圏の職業が危険になり、現状で危険だと感じてる職業が安全になり・・。
現状で危険だと思うことがさらに危険になる可能性もある。
現状や今は大事かもしれないが、それが後々響くことも考えながらね。