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資格の値段や更新の有無、更新の値段は、「信用経済」からみれば、
それぞれ、理にかなった値段なのだろうか。
その辺りも、見直すべきだろうなぁ・・。
資格の値段は、(私としてのジャンル分けイメージ)
衛生、毒性、医療、乗り物、飲食、能力、思考のジャンルに分けて
値段設定をした方が良いのかもしれない。
右ほど値段が安く、左ほど値段は高く。
(思考は、少し考えればできることや、自信を揺るがす、やる必要性のない資格を示す)
(能力は、才能重視や、特化したといい分野、やれば「信頼」になる資格を示す)
あとは、認定する側の実力と能力次第。
組織の規模や、その能力に秀でた人の数次第。
更新の改変イメージ・・。
例えば、(私のイメージとしてのこと)
人(自他ともに)を傷つけない資格なら、更新不要
人を傷つける可能性のある資格なら、更新有無あり 2千円まで。(4~5年ごと)
人の安全に関わる可能性のある資格なら、更新有無あり、5千円まで。(4~5年ごと)
人の人生に関わる可能性のあるものなら、更新あり、6千円まで。(4~5年ごと)
人の一生に関わる可能性なら、更新あり8千円まで。(3~4年ごと)
人の命を預かる可能性なら、更新必須2万円まで。(2年ごと)
思考型で、かなり値段を取るような資格なら、
認定する側、指導する側に、ほとんど取り分が向かうものである可能性が高いが
認定に、絶大な自信と信頼がないと運営は難しいと思うのよねぇ。
認定する側と指導する側が、大したことがない可能性もあり、その場合は、ほぼ詐欺。
思考型が相当、自信がないと5万円とか10万円は受講希望者からは取れないと思うのよ・・。
能力型でも・・ちょっと・・。
思考型では、漢検は丁度良い値段だと思う。
資格は取るより、そういう匙加減が難しいと思う。
受講希望者との距離感がそれで決まるからね。
常識化されてる「自動車免許」は、私は「まだ高い」と思ってるクチなので・・。(取らないのに)
信用としては良いのかもしれないが・・。
常識化されれば、値段も当たり前になってしまうから、不審に思う人も居なくなる。
それも、老舗になっていく資格ならではの怖いところではある。
実際のところ、「信用経済」として観た場合の「資格」の在り方ではなく、私の分解的解釈。