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今月半ばから、占いで何やら「地の時代」が終わるかどうとか書いているが、

私の解釈上、「バベルの塔を作る」時代を意味してそうだ。

それぞれのエゴや自由のために、一致団結する時代。

 

結果が分かるからこそ、今見直すべき「エゴ」と「自由」、そして「お金の概念」。

 

どんな災害や人道的なことでも、やはり、「お金」が足を引っ張る。

目の前にある物資を買えないことなど・・。

買えるときに買える国ほど贅沢をし、ゴミを出す。

 

楽して生きるのは、無理がある「自由」。

「組体操」の「塔」を思い浮かべればよい。

最初から、天辺に立つものは「体重が軽い子」と相場が決まってる。

体重が軽いと非力、下には行けないが、「経験」と言う「食事」をすれば、

筋力と体重は付き、下で支えることができるが、天辺には戻れない。

しかし、天辺に行けるとすれば、人の山を登るように組体操をしていけば、

最初から非力な人(経験がない人)は、経験のある人を支えきれない。

 

短時間で発信できる「エゴ」。

「取ったもの勝ち」は、単なる時間のお遊び。

他人のエゴを出す方も、自分のエゴサーチする方も、どっちもどっちで暇人。

SNS=エゴの塊なので、どんなに語っても、その人の本質に過ぎない。

 

お金と自由は、足の引っ張り合いをして、

自由とエゴは、貶し合いをして、

お金とエゴは、見栄合戦に繋がって・・。

 

現に、経済に執着してる余りに、コロナ感染を招いている。

自由でありたいために、コロナ感染を招いている。

「質の悪いエゴ」のために外に出て、コロナ感染を招いている。

 

まぁ、以前書いた。

「義務遂行型」と「権利遂行型」で、

有力な説で、民族性による感染度合いだと思うけど・・・。

 

 

学者の「排他的否定文」が鬱陶しい。

「科学的ではないから・・」などの内容をよく目にする。

それをしてる時点で、それこそ「「科学的ではない」非科学的ではないこと」だと思う。

学者が排他的になったら、学者らしい「好奇心はない」という事になる。

興味でブレる文献を作るなら、学者ではないからね。