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気がかりがなくなり、魂は軽くなったのだろう。
急にやることがなくなった感じがある。
達成感でもない何か。
キーボードのボタンがなくても不便ではないが・・。
なぜ今まで、キーボードのボタンだけを売ってないのだろうと思う。
デスクトップでおなじみのキーボードは形状に規格があり、
統一されているから、予備はいくらでも登場させれるが・・、
ノートパソコンなので、キーの形状が統一されていない・・。
小さめのノートパソコンは・・、大量生産な割に、部品が特殊形状が「一点モノ」だからなぁ・・。
型が違えば、代用が効かない。
デスクトップ型に戻す必要性を感じないので・・ゲームしてしまうからね。
それに、必要以上の性能になるから、電気代がかかる。
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そんな時見た、仮眠時の夢(寝てみるやつ)。
内容は、
海外の人がワープロのようなもので、スマートに仕事をしていて、
日本は未だにテレワークで、狼狽えて必死だった。
意味は、
ワープロは、合理性のある新しい事の始まり、
外国人は、まだ見ぬ世界のシンボル、
パソコンは、論理的思考不足の警告夢、
慌ててる人は、危機感や不安感。
解釈は、
「終わりが終わり、始まりの始まり」
◆
応用
ワープロの技術・・ネットワーク付きは、技術向上させれば、
4~6割ほど「量子テレポート」の端末に使える技術がある(?)
作られるのは、思っていたのと違う「量子テレポート」かもしれない。
物理的な量子テレポートは、配送業がしようとしてること・・。
「だるまさんがころんだ」で、荷物が届く時代なのに・・・、
社会のバランスが偏ってるから、それが起きにくい。
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そうだ
今日の年金の支払いで、「コンビニ」のインクは、程よい濃さだった。
年数の「2」の文字が、太く濃くあるので、前に少し出ているのかもしれない。
しかし、上下の文字列は、それぞれの文字の真ん中が薄いから、
固定されてるために、すり減りがあるのか、インクの吸水が弱いかのどちらか・・。
判子文化っていいよ・・。
ネットの「同意」チェックをするより、精神衛生上の証明感が全く違う。
(朝のラジオ体操感覚で、
ハンコも何もなかったら参加する意味があるのかってなるよね。)
(私の場合、参加の義務感で嫌になったけど・・。)
改めて思ったけど・・。
コンビニでの支払いは良いのだけど・・。
銀行や郵便局みたいに、末永く、そこにありそうなものでもないじゃない?
民営だから、事と状況で、すぐに畳んだり潰れたりするわけじゃない?
重要な納付書の支払いの「信用性」が、あまりないように思えるが・・。
気分屋のような経済と直結した場所での支払いは、「信用性」はどうなのだろうか・・。
「大手のコンビニが支払いの受理をした」というだけで、
それ以外に、信用性のある「固定された」何かがあるのだろうか。
担保ではないけど・・なんかこう・・・。
私の中では、判子文化を無くすことよりも、不思議な部分ではあるよ。
そういう、ちゃんとした契約は結んではいそうだけどさ・・。