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気がかりがなくなり、魂は軽くなったのだろう。

急にやることがなくなった感じがある。

達成感でもない何か。

 

キーボードのボタンがなくても不便ではないが・・。

なぜ今まで、キーボードのボタンだけを売ってないのだろうと思う。

デスクトップでおなじみのキーボードは形状に規格があり、

統一されているから、予備はいくらでも登場させれるが・・、

ノートパソコンなので、キーの形状が統一されていない・・。

 

小さめのノートパソコンは・・、大量生産な割に、部品が特殊形状が「一点モノ」だからなぁ・・。

型が違えば、代用が効かない。

デスクトップ型に戻す必要性を感じないので・・ゲームしてしまうからね。

それに、必要以上の性能になるから、電気代がかかる。

 

そんな時見た、仮眠時の夢(寝てみるやつ)。

 

内容は、

海外の人がワープロのようなもので、スマートに仕事をしていて、

日本は未だにテレワークで、狼狽えて必死だった。

 

意味は、

ワープロは、合理性のある新しい事の始まり、

外国人は、まだ見ぬ世界のシンボル、

パソコンは、論理的思考不足の警告夢、

慌ててる人は、危機感や不安感。

 

解釈は、

「終わりが終わり、始まりの始まり」

 

 

応用

ワープロの技術・・ネットワーク付きは、技術向上させれば、

4~6割ほど「量子テレポート」の端末に使える技術がある(?)

作られるのは、思っていたのと違う「量子テレポート」かもしれない。

 

物理的な量子テレポートは、配送業がしようとしてること・・。

「だるまさんがころんだ」で、荷物が届く時代なのに・・・、

社会のバランスが偏ってるから、それが起きにくい。

 

 

そうだ

 

今日の年金の支払いで、「コンビニ」のインクは、程よい濃さだった。

年数の「2」の文字が、太く濃くあるので、前に少し出ているのかもしれない。

しかし、上下の文字列は、それぞれの文字の真ん中が薄いから、

固定されてるために、すり減りがあるのか、インクの吸水が弱いかのどちらか・・。

 

判子文化っていいよ・・。

ネットの「同意」チェックをするより、精神衛生上の証明感が全く違う。

(朝のラジオ体操感覚で、

ハンコも何もなかったら参加する意味があるのかってなるよね。)

(私の場合、参加の義務感で嫌になったけど・・。)

 

 

改めて思ったけど・・。

コンビニでの支払いは良いのだけど・・。

銀行や郵便局みたいに、末永く、そこにありそうなものでもないじゃない?

民営だから、事と状況で、すぐに畳んだり潰れたりするわけじゃない?

重要な納付書の支払いの「信用性」が、あまりないように思えるが・・。

気分屋のような経済と直結した場所での支払いは、「信用性」はどうなのだろうか・・。

 

「大手のコンビニが支払いの受理をした」というだけで、

それ以外に、信用性のある「固定された」何かがあるのだろうか。

担保ではないけど・・なんかこう・・・。

 

私の中では、判子文化を無くすことよりも、不思議な部分ではあるよ。

そういう、ちゃんとした契約は結んではいそうだけどさ・・。