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13時ごろ、仕事のカレンダーを観たら、今日から3連休なのかと、

気づかされた。

工場で動き回り過ぎて、休日がないような錯覚に陥ってたから、

3連休は喜ぶべきなのか・・「嵐の前の静けさ」と言うやつなのか・・。

 

もう1日目が終わるけれど・・何もしてない・・。

いつも通りの日曜で、寝て疲れを取るぐらい・・。

時間の無駄なのか、どうなのか・・。

好きでもない仕事に、ここまで時間の感覚まで奪われているとは・・。

 

今日が日曜だけの休日だと思っていたから、

昨晩に「スケッチブック full color's」を一気に観たってのもある。

日常系アニメは、一気見ができるなら、その方が良いと思うなぁ。

特に寝る前。

夢(寝てみるやつ)って、脳の「記憶の整理」でしょ・・。

動き回ってるような日中なら、その失敗系の夢しか観なくなる・・。

だからこそ、日常系ののんびりとしたアニメを観ることで、

「記憶の整理」に「のんびりしたこと」を差し込むように促す・・。

 

しかし、それを現実で繰り返せば、

「のんびりしたい欲求」と「動き回りたい欲求」が交差するので、

余計にストレスに感じることもある。

人間関係や仕事内容にもよるが、それは起きやすい。

アニメは、のんびりできても、

現実では、自転車発電機のように動き続けないといけない社会。

 

現実がプログラムの世界だとするならば、

天国、極楽は、オンラインゲームやアニメの世界と変わりないのだろうかなぁ。

(会いたい人に常に会えるから。)

(そういうイメージで観る映画の「鎌倉ものがたり」。)

 

逆に、地獄は、それらを他人の代わりに生み出してる「時短」と言える。

(使った人の人数分などを積み重ねた場合、

万単位、億単位の年数になるのが、地獄の年数なので。)

(つまり、インターネットで人とつながることが、どれほどの時短に繋がってるか。)

この仮説とは別に・・。

地獄の段階はともかく、地獄の内容としては理にかなってるからね・・。

「針山地獄」は、今まで着てきた服とか食べ物で、いかに時短してきたかを

身に沁みさせる。

「血の池地獄」は、今まで食べてきた動物や、他人との縁、生まれてきた胎内など。

他はいろいろあるが、「時短してきたこと」の膨大さを考えれば、

仏教上の「贅沢」の概念がいかなるものかを知らしめることになる。

 

 

本題に戻れば、3連休は無計画。

コンビニで、ノートを買って何か描くかなぁ・・。

いや、余ってる分でどうにかなるか・・。