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今の工場の「物づくり」は好きではないが、

「モノづくり」は好きだからね。

 

何度も書くけれど、「モノ」は、「物」であり、「者」なので、

対物、対人関係なく、広範囲に作り上げること。

 

 

夕方の夢と、近頃の「もがき」を線で繋がってくるなと感じた。

やはり、私には、仏教の坊さんの血は流れているのかと思う。

 

ある動画を観てから、その「もがき」が軽くなった。

工場の愚痴は本音の部分が多いけれど、その「苦痛」を

軽くした言葉がある。

 

「なぜ生きる?」 → 「難度の海を度する大船」(親鸞)

※その動画

 

私の解釈は、信頼できる人で船を動かして、荒波を直進する。

そこに自分の欲望を差し込める隙間はあまりない。

連携できた達成感はすさまじいと感じるだろう。

刺激を求める人生ではなく、人として「潤った人生」だろうね。

適度な人数で、船を動かすことが喜びや苦しみを分かち合いやすい。

あるいは、一人でも荒波を渡り続ければ、あらゆる災難を回避できる。

同じ繰り返しの作業でも、操り方ひとつで速度を上げれる。

 

 

悪意あるもので、例えるなら、

「ミヒャエル・エンデ」の「モモ」に出てくる「灰色の時間泥棒」は、

エンジン付きの船だったり、波を穏やかにする装置だろう。

楽で、のうのうと生きれるし、自分の欲望をいくらでも持ち込める。

いつだって「ひとり」なので、実はつまらない人生で潤いがない。

潤いを求めるために、SNSで見栄合戦をする、動画で「俺自慢」をする。

やればやるほど、自分の時間だけが過ぎて、実は虚しい。

「枯れた人生」だよ。

登録者が増えても、仲間ではなく、面白いから付き合ってるだけ。

それ以上もそれ以下もない。

なんなら、ずっと浜辺に居る人とも同じ。

「井の中の蛙」と言うべきか。

船にも乗らず、わざわざ荒波に立ち向かわない人が多い。

好きなことや楽して生きるのは、そういう事。

 

 

「経済」と言う概念もそうだなぁ。

表舞台の人は、自由を促す

裏舞台の人は、苦難を促す

 

自由となれば、誰かを苦痛にさせることで、自由を得れる考え。

(よく私が言ってる 「幸せ」は、「シワ寄せ」)

苦難となれば、自分が苦難になることで、誰かを自由にさせる考え。

(「シワ寄せ」役になる)

 

しかし、本当の自由や苦難はそれではない。

難度の高い海には、まだ到達していない。

 

GDPがマイナス17%?

まだ、マイナス83%もあるじゃないか。

そのマイナス17%から下がりにくいのは、縁の下の仕事が活きているからだよ。

本当に、縁の下の仕事が潰れれば、マイナス50%を超えるだろうね。

それを潰そうとしてるのが、セールや安売りだからね。

お金の概念が動いてる限り、慈善販売ではダメだと感じる。

このままだと・・

縁の下の仕事では、地球の物理、天候の法則では考えられないほどの荒波に

見舞われることになるからだ。

時短した分の時間は、シワ寄せで誰かに来るものだよ。

それが安月給につながる。

 

 

本当の幸せは、荒波に立ち向かうことだと考える。

「難度の高い海」は、何も荒波だけではない、サメも、クジラも居る。

波はあるのに、魚が一匹も居ない海域もある。

「時短」と言う「エンジン」を使わず、いかに生きるか・・。

エンジンを使っても、ゆっくり景色が見れないし、海を荒らすことになる。

その荒らしが、荒波に変わり、誰かの船を難破させる。

 

 

これから、温暖化が進み、海水温が上がれば特定の魚類は、ほとんど居なくなる。

特定の魚料理を食べれなくなる。

それは、人類が時短し続けた「ツケ」。

地上では、プラナリアのような特定の気温で死滅する生物もほとんど居なくなる。

寒冷地農業もできにくくなる。

それも、時短し続けた「ツケ」。

 

美味しいものを貪ってることで、美味しいものがなくなったり、

貧しい人に分け与える事すらしなかったり・・。

コロナ禍で浮き彫りになった飲食店と農業の関係。

飲食店が多すぎることで、、食品ロスも多くなるという事実。

飲食店の保守派で、「昆虫食」を促しているようだが・・、もう無理だろうね。

分け与える先を間違ったことで、そういう促しがされただけ。

ちゃんと分け与えていれば、滞りなく、地球が食べ物で困窮することがない。

「昆虫食」をすることもない。

 

大量生産系の服を制作してるところが、人を奴隷のような扱いをするのは、

販売側の「製品の値段」がふさわしくないから、作る側の責任者のストレスが多い。