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Eテレの哲学者の何とかって番組を観た。

アリストテレスで、「親友」についてだった。

番組後半しか観なかったが、「今が同じ釜の飯」と言うのは、凄くピッタリだった。

が、縁の下系の仕事は、そうはいかない。

「まかない」も食べれない厨房係のようなものだから、

仲良しごっこには「うんざり」してる。

 

苦楽を共にすれば親密度のある「親友」になれる。

世の中は、一部の人を除けば、多くの人が、多くの人を心配してる状態。

その心配こそが、「親友」と言う概念の「卵」の状態なのだと、番組を観た解釈。

 

3つのフィリアは、私が私を客観視したとき、該当しない。

 

ゲームをしていたころは、「善ゆえのフィリア」が強く表れていた気はした。

(いつまでも、どんな時でも、心配や付き合ってる「友人」あるいは「親友」)

そして、スカイプをしていたころには、こういう人と組めば・・いろいろ出来そうと、

「有用ゆえのフィリア」(能力が役に立つから付き合ってる「友人」)が強く表れていた。

 

「快楽ゆえのフィリア」は、21歳を超えてから全くないなぁ。

(本能的、直感的に付き合ってる「友人」のこと)

 

今は、どうだろうかなぁ・・。

寄付は形式的いなってるから、自主性も主体性もない。

「中庸であれ」と言うけれど、実際はどうなのか自己分析できないなぁ。

番組でも言ってたように、「他人から見た」場合は、認識が全く違う場合がある。

 

 

地球環境を気にすることが、「善ゆえ」なのか。

経済を気にすることが、「有用ゆえ」なのか。

政治家が最短で物事を発揮できないのは、「快楽ゆえ」なのか。

 

政治が「善ゆえのフィリア」として、活動した場合、お金の概念がなくなるだろうね。

物資の分配を優先させるだろうから。

 

「フィリア」の関係を考えれば、束縛から25~45年後には、経済はバブルになる。

束縛からの回復するための努力は、5~25年を要する。

再び、75年後には同様の束縛の事象が待つ。

 

 

「ニュースZERO」を少し見た。

東京都内での感染がすごいらしい。

「同住所感染」(同居内感染)というべきか・・。

 

それが最善の対策だったと知るだろうね。

経済回しと、拡大防止の両立をしなかったという選択。

 

盆休みに東京の人が、あちこち散ったときに、もっと酷いことになっていたのは、

明らかな予測がつくよね。

それは私が、休み前から懸念していた部分だよ。

 

もう一つの事象として、「ごーつー何とか」で、明確な事項を出していたら、

感染拡大が非常に表れていただろう。

政治家と観光業が、無茶苦茶にバッシングを受けてても、おかしくなかった。

 

つまり、今の日本は、「ラッキーマン」のように、

「何か知らないけど、攻撃を避けている」状態と言える。

そう長くは続かないだろうけど・・。

ウィルス変異に対応するために適度に感染して、

適度に経済を回すことで、「結核」と同様に病棟を作って、治してから復帰できるようにして・・。

「インフル」ではなく、「結核」と同じやり方で良いと思う。(入退院、通院などのプロセス)

 

 

そもそも、2回目になるが、戦後の「数銭」レベルの取引と同様に、

千円未満の金銭のやり取りは意味がない・・そのため「経済回し」は失敗してる。

(日用品系の生産で、こんな数を作って、経済が回っていないなら、ゴミを作ってるのだろう)

GDPは日本向きではない。

国民性を考慮し重要視した「真実値のGDP」ならば、国内の伝統工芸を維持できるし、

それを考慮した数値の場合は、おそらく、今頃、プラス11%だろうね。

現段階のGDPは、競争に重きを置きすぎているので、共生の社会になりつつある中では、

かなり、モノづくりの「足を引っ張る」基準値ではある。

 

90○○100○○90銭・・

「○○銭」のような単位を、あと2つ用意することは、お金を刷る以外の手段ではある・・。

千円以上は経済が動くが、千円未満は動かない切り捨て範囲とすれば、

千円未満は「○○銭」と同じ価値になる。

しかし、こればかりしてると、33年後には同じ経済破綻が待ってる。

 

今の経済システムが、人々の人口増加、趣味嗜好などをカバーできなくなってる。

GDPも国民性をカバーできていない。