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Eテレの「ウワサの保護者会」を少し見ようと思って、
チャンネルを切り替えたら「プチ反抗期」なるものがテーマだった。
「いじめ問題」との関連性は、番組内で話されなかったが、
私は「プチ反抗期」の内容そのものが、「いじめ問題」の本質をついてると
考え始めました。
プチ反抗期だけで、「(本格)反抗期」がないまま育ち、
仲間愛が強すぎた場合、どうなるか・・積極性が「あまりない」と考える。
目立ちたがりだが、怒ったことがない・・みたいな・・。
グループ愛が強すぎるので、政治家や宗教家になったら、とても面倒な人になる。
プチ反抗期しかしてこなかった、あるいは反抗期をすりつぶされた、
政治家の「息子」や「娘」が、
いじめっ子のリーダーになりやすいのは、親(政治家)の感情を観て学んだから、
暴力的暴言的に人を支配すれば仲間ができると「脳に嵐」が起きてる。
そのため、趣味のプロレスを持ち込んだり、かっこいいバイクを持ち込んだりして、
それを暴力の道具に使ってしまうこと。
いじめっ子に「いじめの認識がない」のは当然、「親の教え」と「プチ反抗」と「趣味」が
脳内でゴチャゴチャになってるから、やってることは正しいと思ってる。
(本人は「プロレスごっこ」と言うが・・。)
政治家などは、「権力」があるので「後ろ盾が強い」=「何やっても怒られない状況」で、
いじめっ子の「リーダー化」しやすい。
「監視/我慢」の離婚の一つの解釈。 私の仮説
プチ反抗だけしかなかったまま大人になって、
拘束的規則や、任侠気味の会社、拘束時間量が多い状態で、
恋愛をして、結婚をすると・・・
会社から来る重圧による反動で、「支配欲」が生まれ、言うならば「再反抗期」。
しかし、結婚は、距離感などの「確認の連続」となる。
「支配欲」と「確認」が組み合わさったら、「否定人間」に変身する。
そのため、「否定しながら怒鳴る」ということになる。
しかし、離婚してしばらくすれば、喋ってる内容が、実は「確認したいだけ」だったりする。
その上に、「支配欲」と「再反抗期」が混ざって、否定してしまう脳に変わったと考える。
逆に、相方さんの「我慢」は、プチも本格も「反抗期」に、自分の考えを言えずに、
我慢を強いられる出来事があったから、我慢をしていたと離婚時に言うこと。
(家系が食品屋だったり、勉強勉強だったり・・いろいろある。)
「いじめ問題」や「否定人間」の根源はいろいろあるけれど、
プチ反抗をどうするかで、人生を左右する最初のターニングポイントなのではないか。
「いじめ問題」は、過去にいくつか書いてる。
「プチ反抗期」の番組の内容を観て、コレだ・・と思った次第です。
私のように、小学校卒業後に、引っ越しで中学校は別の市町村に・・と言う人ほど、
性格が急変する場合が多いのは、「(本格)反抗期」を起こせないまま、
引っ越したため「人格形成に猶予がなかった」と考える。
もしくは、カルチャーショックにより、「強制的に人格形成をさせられた」と考える。
私の場合、自己紹介で恥じた後、よそ者扱いで暴力受けた(いじめられていた)ため、
「弾けていた性格」が 「大人しく暗い性格」になったと仮説が立てれる。
(いじめにより、「弾ける事は、恥」と脳が判断し、体で「活発なのは、ダメ」と
刷り込まれたためと考える。)
本当の私は、弾けて目立ちたがりの性格だったのよね。
それが中学校から、暗く積極性のない性格になった。
しかし、今の子は、
「(本格)反抗期」は、一生来ないだろうと思う。
「プチ反抗を逃がす」媒体がいくつかあるから・・。
スマホに、ネットに・・。
赤の他人の「大人の誘惑」に・・。
付けこまれるのよねぇ・・。
スマホは、一部の人が日本の「禅」をモチーフにしてると言ってるが、
私からすれば、あの薄い板は、「煩悩の塊」にしか見えん。
アプリの量や、追跡システムを考えれば、ただただ、煩悩であり、電子ストーカー。
なぜ、そんなものを好き好んで使うのか、私にはわからない。
あの塊が「禅」なら、存在してはいかない。
禅は、自分の心なのだから、具現化してはいけない。
けど、「煩悩の塊」に過ぎないスマホ。