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ニュースで、「看護師の声」を聴いた。

「患者数」と「自分の疲労」が割に合わなくて、それによる給料減が悪循環だそうだ。

解説では、「病床数の稼働率」と表していた。

 

私からすれば、作業単価が4倍に増えているのだから、収入が4倍に増えないとダメだろう。

そう思う。

私が言ってることだけど、工場の「加工書」が月当たりが2000件だろうと、100件だろうと

どんなに働いても、20万円前後にしかならない。

時給制が良くない。

そういう工場で、作業が増える割に、給料が少ない感覚に似ていることは確かだ。

給料のリボルビング払い・・。

(そういう割に合わない精神性は、「倉庫業」が無意識で耐えてるところ。

ピッキング作業の増減に関係なく、時給払いされる。(17年前))

 

看護職をそれに割り当てると、「職務給」が少なすぎると言うところ。

病床数が「分母」なら、半減させられているが、しかし、患者と言う「分子」は増える。

それだけで「疲労」は来ない。

この時点で、2倍給にならないと行けなくなる。

「防護服の着脱」への気遣い。

これだけでも2倍給だと思う。

占めて4倍給。

「慎重さ」で気力体力をすり減らしているから、それぐらいの「職務」はしていると感じるよ。

「大きな手術の慎重さ」が細かく続くのだから・・。

看護師本人の疲れやすさもあるだろうけど、「褒賞」も必要になってきそうなほど、

「慎重さ」だけで疲労困憊になってそうだ。

 

意味ある作業でも、数が多ければ、苦しさだけが残るから、

給料制度の問題だけではないのよねぇ。

体を使って作る工場での加工書が青天井と、病院の患者が青天井に来る覚悟は、

似ていると思う。

 

「看護師の声」を出していた病院は、腕が良いから頼られやすい病院なのか、

患者の治し方がうまくない病院(退院を伸ばす)なのか、

向かう人がそこしかない病院なのか(街の中心など)・・どれかだろうね。

そう言われる覚悟があってのインタビューなのだろう。


 

 

私オリジナルの言葉の「社会的多動性」で、元の言葉の精神疾患から来る「多動性」は、

東京にはあるのだろうと思う。

我慢の利かない人が多い・・。

外でのインタビューで「怖い怖い」と言いつつ、「じゃあ、何で外に居るの?」ってなるから。

その辺がおかしいと思うよ。

今は、国の要請がなくても、不要不急の外出をしない方が「自制力」のためだよ・・。

 

病院からすれば、患者数は青天井と言う意識が少なからずあるようだから、

「動き回ってる人」=「いつか患者としてくる人」としての認識があることはある。

そういう意識の中の病院にとって、こんな時にイベントか、こんな時に経済かって思うよ。

「また増えるじゃないか」ってなってくる。

「給料が増えない上に、疲労も取れないのに、患者数が増えたらどうする気だ」って思うよ。

病床不足ではなく、今は「医師、看護師」の疲労度合いを考えれば、まだ控えるべきだろう。

 

大学教授クラスの社会的実験に付き合ってたら、それこそ医療崩壊を起こすぞ・・。

資格が必要な仕事なのだから、そういう実験も慎重になった方が良い。