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大量生産・・供給率を高めるための手段として利用されてきた。
大量に作ることで安くできる。
何度も書いているが・・。
安さと、充実した在庫に特化させようとして、販売してるでしょ。
前者のやり方がないのなら、工場も変えていくべきなんだよねぇ。
後者の工場「作り手」視点のイメージ
会社から
「とにかく給料安くなるけど、絶え間なく多く作業して、コストとかどうでもいいから、
早く、給料が高くなるから、もっと大量に作って。給料安くするけれど、
会社の本当の利益を提示はしないから、早く作って、もっと作って。」
と言われているようなものだ。
社会貢献は表向きで、「作り手」にはない事の方が大きい。
モノづくり(特に日用品系)と、時給制は相性が悪い。
作れば作るほど、損をする作り手。
歩合や、出来高も、なんか違う。
寸志とか、1ヶ月分しかもらえないからねぇ。
20万円前後。
(私の場合、早めに帰ってるので、寸志をもらっても、
実質、定時で12ヶ月働いてるようなものだから、あまり変わらない。)
日用品系の工場は、「半NGO化」すればいいのよねぇ。
減産重視になって、適量の給料が払われるはず。
徳を積ませる気はない「工場」。
他人の魅力が鬱陶しいから、単純作業で性格をつぶしにかかる。
人権的平等か・・。
ないな。
大量生産の工場があり、事務がある時点でない。
事務が楽して、事務が政治的に優先されて、現場を振り回す・・。
お金をもらっていても、「環境破壊の口止め料」のようにも感じるし、
何か色々誤魔化されている感覚。
平等を語るなら、事務も苦労しろという事だ。
通販に合わせ過ぎたら、若干のB品も、許容的にならないと行けなくなるからねぇ。
今は、7対3(A品:B品)ほどの品質。
「安さ」と「供給率」は、もう時代は去ってるように思える。
次の段階に進む方が良いように思えた。
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自粛明けで、バリエーションの多い加工の品物が次々出てくる。