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今後、モノづくりの文献で愛されそうなモノ。

 

生産力、設備、建物の構造などの「工場の歴史」。

近い将来、「炭鉱」関連の歴史観光のようになる。

(大手の工場が、独自でやっている分は除く。)

 

それと、

工場が「どうやってできたか」と言う「建造・設計史」

今のように、ネットでつながっていなかった時代の中で、昔はどうやって、計算して、

設計して、発注して、何人で組み上げていったかなど、建造物に興味のある人なら、

多くの興味をそそると思う。

 

特に、どうやって「アナログの設計図を描いていた」か、

「電話や営業だけで鉄骨や、電気部品などの発注をどうやってやっていた」か・・など、

そこに着目する「工場見学者」はマニアックな部分を持っている。

 

冒頭の「銀鉱、炭鉱の歴史」の観光地や、「昭和の手仕事」の書籍などと同様に、

戦後間もない大量生産は、どう建物を設計されていったのか。

書き方次第では、面白い本にはなるし、廃工場なども歴史を語れる人が居れば、

「建物の歴史」は面白いところに尽きる。

 

見る角度を変えれば、「建物」を作るために動いた「事務の歴史」とも言える。

意外と、この手の書籍がないように思える。

あったとしても、特定の学校や図書館で、持ち出し禁止系だろうけどね。

 

建物自体は、歴史物産として残っているが、その建物が何に使われて、

その中身の機械類をどう発注したか、作られたか、どういう気持ちで設計したかなどは、

基本的に、建物の「観光の説明」はないのかなぁ。

 

設計者側も、意外と「その工場」が歴史の出来事の一端であることを

考えてはいなくて、とにかく効率的行動のとれる構造や、経済を支えたりすることだけに、

集中していたのかなど・・いろいろ分析はできるが・・。

 

 

新型肺炎の世の中は、戦後とあまり大差がない状況になってる。

「「贅沢」をするな」と言う少し斜め上のことになってる。

つまり、「人や動物に対して、生身で会話できることが、最高の生物的な贅沢」ということ。

真理だなぁ。