閲覧、いいね ありがとうございます。
フジテレビで、所さんの出てる、さっきしてた番組を観て思った。
そこの冒頭で、「磯田先生」という歴史学者が登場してた。
「100年前よりは良い?」
本当にそう思うかね・・。
私から社会を観れば、後の歴史に影響がありそうな事象を挙げる。
・「政治家」による「国民の反対意見のないままの法案作り」あるいは、「9月入学」
・「政治家」による一方的な「新たな生活様式」の提案
・「通常稼働の会社」と、「自粛組」の生活認識の差
・大量生産をやめない状況下
・お金、経済への執着
・マスク着用義務
・ソーシャルディスタンス
などなど・・。
言ってダメな場合の回避が困難なものばかり。
フリマサイトの火事場泥棒問題、マスクの多額販売や転売屋の出現を
「政治家」が止めないといけないほど、国民の「我の強さ」は止めれない。
本来であれば、よく考えなくてもフリマサイト側が制限をしなかったのが原因。
「売り上げ」、「利用実績」に執着をしていた。
「助け合い」をそもそも出来ていないのに、あたかも出来ているように見せかける。
虚しい。
今の状況を簡単に結論を着ければ、「何かしらの執着」が後の歴史に影響。
まぁ、当たり前だよね。
「当たり前」という「日常」が「当たり前」になるように、その一端。
しかし、「執着」は「争い」の引き金でもある。
「我の強さ」によって「執着力」は倍増する。
冒頭で紹介した「磯田先生」の
「第一次世界大戦は、ウィルソン大統領の発言力があれば、次の戦争が起きなかった
可能性がある」という話。
私の考えで言えば、ほかの2か国が「「ドイツ」への経済ウンタラ」に「執着」したことで
「争いが起きた」とも考えることができる。
運命が反発して、歴史を変えれないタイムトリップ作品は、
その時代の「人々の執着心」がそうさせているという本質も出てくる。
「運命」は、「執着心」と「勇気」の組み合わせであることも導ける。
「運命の果実」が「りんごの実」なのは、「執着心」と「勇気」を翻弄させる「誘惑」と、
あとの「後悔」を引き出すから。
そこから繋がるのが、「お金」、「経済」、「環境」となる。
だから、得体のしれない「スポーツ」と言う概念は成り立つ。