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平常運転できてる工場で働いているが、販売側の発注あってのことだからね。
チリツモはきついけど、
適度な量が来れば、それなりに加工書の消化は、対応力、確実性が出る。
加工書が多ければ、それだけ気持ちが先行して、作業速度が落ちる。
今らしい、材料が最近多いけれど、今だから仕方ないだろう。
むしろ、今が適度な作業量に思える。
無茶ぶりをする音楽学校(クラブ?)があるが、
その人たちなら、大量生産の過負荷に耐えれるはずなのよねぇ
大量生産は、まさに無茶ぶりそのものだからね。
ストレス耐性。
その耐性がなければ、自粛すると思考が暴走して変貌する。
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平常運転の工場では、
「3密」や、「ソーシャルディスタンス」は、別世界の出来事だろうと思う。
「新生活様式」も、なんか勝手に決められていた感じがあり、
「非常に不快な思い」で見ている。
平常運転できてる仕事側からすれば、横やり文化だからね。
「は?」って思う。
自分が行ってる工場では、
「あばら屋」気味なので、「換気はしている」状態ではある。
マスクはしていても、熱気や蒸気を使うので、朝は苦しい。
(過呼吸なぐらい。)
元々、薬品(粉末、液体)をマスクなしで、取り扱ってる。
アルコールはしていない。
水をよく使うので、やっても意味はなさない。
ハンドソープは、工場の人数から言えば、そんなのでは足りないだろうと思うほど、
薬用で、家庭用ハンドソープの泡タイプを洗面所や手洗い場に、1本ずつ置いてるだけ。
ケチ。
しかし、なぜか1日では無くならない。
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今日、ニュースで、
アメリカにて、
赤ちゃんの歩行器具のようなソーシャルディスタンスだけは、嫌だ。
(新発想と言いつつ、赤ちゃんの歩行器具じゃねぇか。)
人間の精神性の退化が垣間見えた。
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別のニュース?
花火の特集で、
やはり「密」になる文化があったことを、しみじみ思っていた番組内の人だが・・。
私は、以前に書いたように(自分で書いておいて探せないが)、
効率よく能率よく、密になるように、距離感を適度にするために、
今の文化は、先人の知恵で引き上げられているのだから、
無理に変える必要はないと思うのよねぇ。
製造物に関しては別。
増やし過ぎた人工物を減らしていかないといけない。
「温暖化」、「○○ロス」を食い止めるには、
今が丁度良い時期。
走り続けてきたものは立ち止まって考える時期。
ちなみに、
オンライン花火は、ハイパーソニックエフェクトが効かないと思うので、
迫力にも欠けてあまり凄さはない。
それをやるぐらいなら、過去のきれいな動画を見るだけで終わる。
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それぞれのニュースを観てると、
「経済」に執着している日本が、
徐々に憎めてくる。
報じ過ぎと言うところではある。
飲食店の経済回しは、
大食いの人だけが動き回ればよいと思う。
