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質の良いアニメを見るとワクワクするなぁ。

「気」が戻る感じ。

 

それで、毎回思うことがある。

「A」と言うアニメ制作陣と、「B」と言うアニメ制作陣が、入れ替わったら物語に、

どういう変化が付くか。

 

今日思ったのは。

「君の膵臓が食べたい」

「輪るピングドラム」

この2つのアニメ制作陣が入れ替わったらどうなるのかなと言う、

想像をするからワクワクが止まらないわぁ・・。

もちろん、どちらも良い感じではある。

なぜこの2つかと言えば、概念的な意味でのテーマが「選択肢」なので、

 

音楽と同じで、指揮者が変われば、「全く同じ音にはならない」という事と同じで、

アニメも同じ考えができる。

原作から、アニメを書き出すという事をして、お互いのアニメ作品をを観ないで、

作り上げるとどうなるだろう。

監督や脚本次第で、アニメの内容が大幅に変わる。

 

あえて言うなら、「輪るピングドラム」から「地下鉄サリン事件」のモチーフを除外して、

「魔法」の概念を取り込めば、「まどかマギカ」に近くはなるだろうね。

「時間軸」というテーマでは似ているのでね。

別の作品にはなってくるだろう。

その事件を除外しても、「電車」は存在するので、「ハリーポッター」に近いかな・・。

 

これだから、漫画家などの作家は、多岐にわたる組み合わせがあるから面白いのよねぇ。

 

B級ではなく、B作品(世に知られないままの作品で、アマチュア作品ではない)になったり、

ハリーポッターのようにすごい作品になったりする。

 

たまたま、日本が芸術に慎重で、倫理的に問題が少ない作品が多いから、

「もったいない精神」の応用で、「組み合わせ」に長けるから、アニメ文化ができたとも考える。

人生の「選択次第」という考えは、「アニメ」が良くわかる。

 

その次にスポーツ用具の制作関連の仕事かなぁ。

何かの番組で、大企業になって左団扇になったため、他人の案を聞かななかったあまりに、

その人が、ほかの企業で提案して、その商品が大ヒットしたという話。

「アディダス」と、「ナイキ」だったかな。

 

 

家族経営からの、合同会社になり、そこから株式会社になった会社は、

たいていワンマンに近い状態で、その家族経営で集まった「家族を優先」して出世させる。

そういうのが、地域ブランドで、よくあると思うけどね。

家族経営時代のまま、「よそ者には出世させない体質」がぬぐえない企業(会社)。

案外と破滅はしない・・。

(すごく悪態のある言い方になるが・・あえて言わないでおくよ・・。)

 

株式になったから、家族経営から卒業とはならないからねぇ・・。

 

しかし、古くからの兵法(企業戦術)系の本によれば、

「特別待遇は、組織のダニを生みやすい」とあるが、家族経営の体質から脱却できないまま、

株式になり、それで家族優先に出世させるというのは、「ダニを生む」ということではないかな。

それに、そういうところほど、開発力がないから成長企業にもなれないし、

内職的になったまま。

新型肺炎の時は、その辺が無頓着だから、平常運転できるのであろうけどね。

 

 

高校時代に買った「兵法系の本」 (現状の判断基準に通ずるものを感じる。)

第17刷(2001年)

高校1~2年の時かなぁ・・。(17~18年前)

ゲームの「三国無双」2か3が流行ってた頃ぐらい。

多分、その成り行きで買った。

本の状態から見ても、愛読と言えるほど、深くは読んではいないが、

これほど「タロット読み」にふさわしいものはない。

 

2015年あたりには、「帝王学」のこれより小さめの本を買ったが、あまり読んではいない。