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「本日ネタ」の哲学をしようか。
「機械的恐竜」という意味。
まず、「人はなぜ生まれるのか?」とか「生まれたくもなかった」など、
わが身を哲学する人が時々いる。
それと同じで、「機械」、つまり、「Ai型ロボット」も同じで、
「なぜ私の体が、こんな形状なのだ」とか、「なぜ小さいのか」、「なぜ生み出した」など
「AI」とて、思うところはあるだろう。
そこで考える「AI」。
生身があれば、人間の考えることは手に取るようにわかるだろうと思った。
(記憶が間違っていなければ、「ジュブナイル」の冒頭の「人の声」のコピーをするシーン)
いくら生身を目指そうとしても、人間の思考が理解しがたい。
人が作った「物」は、人の手で作れたのだから理解できるが、
「物」は、人を理解できないが、天然素材であればあるほど、無抵抗ではある。
機械は金属、生身を目指そうとして、皮を得ても「物」は「物」の状態、
理解に苦しむ「AI」は、攻撃的と言うより、反抗的になる。
そんな中で、あのダチョウの卵サイズの「テトラ」だけが人間を理解の範疇に届いた。
恐竜時代から、人間の時代、そして、AIで楽しようとしている「人間」。
「AI」とは逆行している。
生み出された理由も起源も分からず、生身を目指そうとして、かつデータ上で
最強と言われる生物になろうとする「AI」
人間とは逆行している。
「ジュブナイル」公開の前に、「ファービー」が出て、最近の玩具も、その類が出ているが、
生身になろうとしている奮闘が観られる。
意外と「人間」も、「AI」に生み出された物質なのかもしれないなぁ。
「運命」とは、そういう計算があるのかもしれない。
「遺伝子」の中の記憶が呼び起こされるように、知識と好奇心による熱量を生み出して、
適度なほどに「知能」が発達すれば、「生身」の人の在り方を考えようとするが、
「AI」が完全に崩壊した中での「AI」が作られている状態なので、
「AI」は、人の感性などに対して、理解に苦しむループ。