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工場内で、異動の相談が社長さん自ら持ちかけてきた・・。

しかし、断った。

今以上に拘束、束縛されるから。

それに出世ではないし、人に属する事が嫌な私にとっては、断る以外ない。

 

 

●黒めのパーカーは、清楚ではないと感じる

やや暗がりで、それを観るとパーカーの紐の「解れ止め(テープ部分」」のツヤが、

「よだれ」に見えるから。

不格好ではある。

黒は良いかもしれないが、パーカー界の品の無さが分かる。

 

 

●Eテレの「インスタの偽り」と言う番組を観た。

SNS自体が、仮想国家だから、話の内容はすべてわかったが・・。

実体のない者に、実態をつけようとした結果だからね。

「人気(フォロワー)」を買うというのは、滑稽だと思ったがね。

何度も私が書いたような「SNSは、見栄合戦である」という内容だった。

 

YouTubeの広告収入をもっと厳密化してあげれば、一人当たりの取り分が増えると思う。

自分だけが出演し、自分だけが写っていて、自分の特技だけしか広告として付けない

と言う形式にしてあげればいいのですよ。

それが本当のYouTubeだと思うのだが・・。

コラボや、ゲームなどの媒体を使った自分の実力ではないことになぜ広告をつけれるのか。

あるいは、つけようと思えるのか。

 

これも何度も書いてることだが、現代に「ヒトラー」がいれば、

遠慮なく、SNSサーバーや、動画サーバーをミサイルで破壊するだろう。

それほどまでに、人類に悪害を及ぼしていると考える。

「必要悪」で、保持する次元ではなくなる時期がもうすぐ来る。

 

番組の最後に、「人気を買った」先には、「誰も信用しなくなってしまう」と言う未来。

私、これも過去に書いてた感じはあるなぁ・・。

 

人類本来の「自分のやること」を無くすツールがSNS。

愛想もない。

偽物が本物か分からない「人気」に、踊り続けているのは、番組の言葉通り

「サーカス」だと思うよ。

 

 

●ARIA(アニメ・漫画)は「慈愛」。

 

考察として、キリストのマリアの「Maria」から、「M」を取ると「ARIA」となる。

火星の「Mars」を文字をいじれば、「Mary」(メアリー、マリア)になる。

(言語が、バラバラだけど気にしない)

母なる大地のように、寛容ですべてを受け止める愛。

それが「ARIA」の世界観。

キリスト教メインや、宗教の世界ではなく、慈愛が中心の世界。

人徳を極めることが慈愛ではないかもしれないが、聖母のようにキラキラ輝ける世界。

 

「ARIA」を観て、現実にイライラするのは、「慈愛」と言うものを何となく分かったから、

「周りに気の使い方は、本当はそうではない」と言う感じになったことだと考える。

「ARIA」を通せば、少なくとも「愛」を知ることにはなる。