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成人の時まで、「自分」とは何かを振り返ってみたが、
家族に、就職を強要されてから、全く、人の顔を見て話すとか、人の声を聴いてあげるとか、
ほとんど難しくなってきてることが分かった。
あまり話してはいけないのだろうけど、名前と場所を上げないで話せば、
2015年8月に、パソコン関係の自営業の「のれん分け」することが決まったときは、
すごく自分らしい歓喜が沸いていた。
引っ越し前に行った、メガネ屋でも一般的な標準の声量で喋れるようにもなってたし、
顔を見ながら話すこともできた。
パートを辞める5か月前から、他のパートとのコミュニケーションも取れた。
感情は「学生」って感じだったが、それでも「自分」という小学校の頃よりは、
目減りした歓喜だったが、その時、すごく喜んだ。
そして、2015年9月に、出戻り(「逃げ」ともいうらしいが・・)をして、
家族に数か月後、それを「自立を否定」されて、どうにか就いた工場で、今日に至る。
私にとって、「就職」は、自立を否定するための事象に過ぎないのだということ。
未だに「否定人間」に囲まれる生活のために、「自分」が出せないままでいる。
いわゆる「陰キャ」と言うやつだが、「陽キャ」でもある。
どちらも行き来できるという事も考えれる。
2015年の私のその出来事は、「否定人間」から「逃げる」材料になってしまった
事象でもあるから、「IT」系の仕事は敷居が高くなってしまっている。
なので、今は「発想のみ」となって行動には移せない。
一方、家族は、その誘ってもらった自営業への否定が「裏社会の人」と言う扱いで、
その「のれん分け」の話を私に断らせようとした。
さらには、意味のない「別れの会」を開いて、大嫌いなBBQでそれをされた。
何度か過去に書いてはいるが、本来ならば「1年以上」住まないと引っ越しできないのだが、
余計なところで、ホームシックではない何かで引き戻された感覚だった。
「1~2か月」で引っ越すことは、ご法度なのです。
そんなもの長期休暇程度の日数だし・・。
半分後悔(のれん分け)と、半分憎悪(家族の否定)で、ずっと人の顔を見て話せない。
声量も、中学校の「いじめ」の時ほどまで落ちて、会話すら成り立たない。
もちろん、工場で良いように使われているがために、人格がなくなりそうな状況なので、
言語中枢が退化してそうな勢いだが・・。
今では「独立」、「自立」すら起こせないほど、感情が前に出ようとしない。
豚の去勢のようになってる。
我欲がないことは、宗教上、良いことなのだろうけど・・。
悪い方向に、我欲を失っていると言う感じですわ。
学生時代までの浪費は、家系的建築関係が主体だったので、ギリギリ裕福な方だったから、
私は、それを地に落とすために、浪費する役割を担っていたと考えている。
現に、「毎日これだけのお金を使っていたのに、次使うときそれだけも使えない」と
親から言われた。
例えば、店に5万円を落としていた時期があるのに、1万円も使えない時期が急にやってくる。
そういうイメージです。
恐らく、末っ子の自由は、言い換えれば、成人までに家系のカルマを正す役割だということ。
今は、何かに誘われても、もう行動を起こせないほど貯金をなくすことに浪費をしてる。
そういう感じに思えてしまう。
一昨年は、ゲーム関係に誘われたが自然消滅・自然除名となっている。
本意ではない行動だった上、能力を使わずに終わらされそうだったから。
成人から、斜め上の氷河期世代の感情を味わっている。
専門学校は3年間だったので、実質21歳からですが・・。
「家族から受けた強要、否定」が大きすぎる。
仲間作りや、他人との交友関係を持ちたいと思えなくなった。
同調圧力をかけられ、行動の意味がなかった土下座までさせられて・・。
この屈辱・・。
何度も書いてることばかりですが。
家族にされてきたこと。
就活の面接の前日に、毎晩毎晩、寝ているのに進捗をドンドンと階段を上る音ともに、
名前を呼びながら、「どうなんだ」と毎日執拗に聴いてくるがために、毎回面接に落ちてる。
ストレスで階段の音が嫌いになったり、扉の音が嫌いになったり、
名前が嫌いになったり、人嫌いになったり・・・。
その「やつ」の過干渉には、かなり辛い思いをしてる。
その「やつ」こそ、家族を否定人間に陥れた、否定人間でありながら首謀者。
今も、人嫌い、自分の本名が嫌い(呼ばれることが特に)。
今も、家族仲は悪い。
むしろ、私の方から距離を置いている。
たまに気遣いでモノ(家電など)を家に投資しているが、その気遣いですら「否定」して、
関わる気のない人の態度のように扱われる。
既に分かってる。
私に非はなく、家族が一方的にズレた常識を押し付けてきて被害妄想のようになってるだけ。
(家族の一部が私に過保護だったことも考えられる。)
今は、信じる者は「自分の内面」ぐらいかな。
居ないのかもしれないが・・。
銃社会なら、間違いなく撃ってる方だと思う。
氷河期世代の私ではあるが、就職への拒否意識が強いために、
それ専用の窓口に行く気もないことから、組織には入れないのだろうと思う。
恐らく、建築関係の仕事をしていた祖父や、父の背中を観て、
「独立」や、「自営業」に至るのだろうと思う。
そもそも、私の発想は、組織内では能力が抑え込まれてしまう。
引き出そうとしなかった組織を多く観てきてるから。(面接で)
面接は、会社が入門させるかを決める場ではあるが、
逆も然り、個人が会社の能力値を見極める場でもある。
さほど発展性のない場所も多くあるというでもある。