使用頻度的に、テレフォンカードが多かったかなぐらいです。
硬貨はあまり・・。
古いタイプの自販機や公衆電話は、悪意はないことを前提に、
「無料開放の無人の貯金箱でしょ」と思ったことが何十回もありました。
(だから、壊されて盗まれるんだよね・・。)
2015年のある時、公衆電話を使おうとしたら、中学校時代の唯一の友達に、
とんでもなく偶然に再開して、あれやこれやと話したことがありました。
それで、公衆電話に入ろうとした際に、「100円じゃもったいない10円渡すよ」と言われ、
「いいから、いいから」と断ったことを覚えてます。
30円ぐらいの会話を、100円でしてしまうほどです。(それだけ血迷っていた)
秋口だったかな・・「あの方」がこの記事を読んでいるなら、
あの頃、あの時の踏ん切り・・(社会的には「逃げ」ともいう)が、
その偶然の再会を生んだのです。
「友情」というものを再認識させられた日でもあります。
その友達は、入れ替わるように、電車に乗りましたが・・。(転勤)
「友情」の再認識の代価は、「IT系仕事」の敷居が高くなったことです。
見守るような筋もない、入りづらい、戻りづらい、批判するしか手段が残っていないです。
2015年は、私の20代最後のターニングポイントだったのかもしれないです。
もしも、アレを続けていたら、「eスポーツ」で活躍していた可能性は高いです。
もう駄目なんですよね。
2018年の夏に、某クラウドファンディングで、(最高支援額)訪れた場所で、
「「ケータイ、スマホ」ないのにどうやって、連絡取るの?」と聞かれたことがありました。
正直に「話す相手がいない」、「公衆電話を探せばいい」と答えました。
テレホンカード派だった?10円派だった?

