失語や、失読で苦しむ人を見ていると、ある意味これも「脳と視覚情報の誤作動」と思い、
工場勤務という一人でこなす持ち場で、去年、ほどよくバレずに実験してみました。
結果から言えば、案の定、失読に陥りました。
ついでに失語に近いモノにもなりました。
失語に近いモノは、中学校からの傷を自分で、えぐってみました。
えぐったおかげで解消しにくくなりました。
工場勤務の持ち場は、一人でこなす分、4人分以上の作業をしないといけないですし、
持ち場のスペースは2人分です。
そんな中、60件を1件1分で熟すことは、物理的に不可能と分かっていても体に言い聞かせ、
脳は、「だるい、だるい」とか、「冷静に、冷静に」とか・・言い聞かせ、
ピッキング作業の紙を3秒で覚え、おおよそ、250m先にある加工物の型番を
読もうとすると、「アレ?」ってなりました。
イライラして、加工物の型番を投げ「読めねぇ!」、6回ほど読もうとすると読めました。
「読めない・・。」というか、形は分かるのに、ゲシュタルトとも違う何か気持ち悪い感覚です。
海外の文字を観てる感覚でもないです。習っているので「日本語」なのに
「日本語ではない」感覚です。
そういう実験を、1週間、1カ月続けていたら、文字としてではなく、
形のある言語と言う概念に達します。
失語に近いモノもあり、古代エジプト文字が読めそうな勢いです。
自力で起こした実験で症状なので、自力で解消もできましたが、
「失読」の人は、これより酷いのかと思いました。
脳と視覚情報、そして体、それぞれの作業速度の不一致、脳の誤作動が
原因かなと思いました。
ある意味、ピッキング作業を追い込まれれば、誰でもなる可能性はあり得ます。
体力自慢でも、文字が読めなければ、苦しむだけですから。
これからの解消法のイメージとしては、意図的に起こしたものからの解消なので、
現実でなってる人に通じるかはわかりません。
そこで、現実でなってる人用のイメージです。
目の追いつくすスピードを上げてること、フラッシュ暗算のようなもので、
ルパンの章タイトル形式で文字を点滅させるような感じです。
脳に対しては、辞典、辞書引きが良いと思います。電子ではなく、物理的な厚い本です。
体に対しては、書道が有用かなと思います。
なるべく、昔ながらの事をすることで、解消できるのではないかと思いました。
常人でもなりえること、いきなり本か新聞を黙って、目の前に見せられて、
「この記事凄いよ」と言われて、どこの記事を指しているのか分からないうちに、
すぐ読めるかどうかです。