大量生産系の工場の人間性を問われたとき私ならこう答えます。
人道支援能力もなく、テリトリー意識が強い人間性に育って、
その人に子がいれば、社会とは何ぞやと問答すると思うが、
実質的に、社会とはズレた意見が出てきてしまいます。
〇大量生産系のメリット
・忍耐力が問われ、鍛えれます。
・直観力が研ぎ澄まされます。
・よって、予言力が強くなります。
・仏教的に、修行という意味でも使えます。
〇大量生産系のデメリット
・ただ、ただ地獄です。
・持ち場のよっては、殺人鬼と同じ思考になりそうなぐらい苦痛を伴う
・誰のための仕事か不明、喜んでるのはせいぜい工場の幹部以上と、
取引先ぐらいです。
・人間性の劣化、尊厳を放棄せざるを得ない状況もあります。
・徹底したテリトリー意識、持ち場以外の事はしないです。
・つまり、人道支援能力の欠如に繋がります。
・もし、持ち場以外の事をすれば、その仕事を「やらされる」から、
意味のないテリトリー意識が強くなる
・2mの距離で困っていても助けないことも多くあります。
・裏赤字が多いです。
・環境破壊の募金をしてるような仕事です。
・環境破壊を容認するような形で、給料が発生します。
私の本業の持ち場は、ピッキング作業のようなものです。
ものすごく混雑するぐらい仕事が流れてきたら、
「何で、こんな量を流してくるのか」「誰も助けようとしないのか」と
思うところがあります。
挙句の果てにストレスで、しかめ面になり、その後には、
口の中にガラス片でも含んでいるかのような錯覚に陥り、
噛み締めれなく不快な感覚になります。
観てもわかる状況ですが、持ち場が大事そうです。
それがたとえ、工場内で1,2を争うほどの作業量を誇る
私の持ち場でもです。
他の持ち場の人間は、手数足数の作業量が明らかに
おかしいですし、私の持ち場は1人でしないといけない上、
他は複数人です。
私の場合、持ち場以外も手伝うことが多いです。
手伝いすぎて、いるだけ上司の状態になるときもあります。
「できること」と、「向いてること」は別物と言うことです。
作業量に差があるのに、給料は同じであり、
最低賃金の時給制に甘えてる会社が悪いのです。
(喋るエネルギーをも、作業エネルギーに変えてるので、
要件よりも、もっと短く、端的に話してもらわないと、
イライラすることが多いです。会話もままならないです。)
作業中に、急に怒り始めたり、「意味がない」、
「何やってるのだろう」と愕然することがあると思いますが、
オカルト的に言えば、アカシックレコードのつながりで
そう感じるのです。
現実的に言えば、作業量の差と本当に意味がないということです。
作業量がそんなにない人から見れば、「何怒ってるの?」ってなったり、
「需要だから」とか、あたかも正論のように言い始めます。
「ピッキング作業」の歴史は、まだ解明されていない
歴史の中でも、永劫続いてきた仕事だと思います。
旅館や、建築、漁師の比にならないぐらいの年数です。
ピッキング作業が、ここまで奴隷的で、
(重量物系では、台車と引っ張ったり、押したりする姿は、
まさに、ピラミッドの石材を運ぶ姿そのものです)
給料は、ほかの部署よりもすごく低いという現状です。
重量物系であれば、1日、5時間ほどで切り上げて
1日分(8時間分)の給料を貰うほうが生産性が良いと思います。
足腰を壊す可能性も低くなります。
足腰を壊す持ち場があるのに、工場で「優良企業」という
銅の銘板を掲げていては、ただの怪しい会社になります。
そもそも、大量生産は時代に合わないのです。
中途半端に機械に頼るから隔たりができますし、
機械を極端に向上後、パワーバランスを平均化させて
人手を減らすか、
逆に、機械を3段階下げて人手を増やすかしたほうが、
良いと思います。
1クリック注文に付き、4日分の仕事を
言い渡されてるような感覚です。
大量生産系の工場は、考えようによっては、
「やればやるほど、人が壊れていく」感覚になります。
貪欲は、「精神的な癌」なのかもしれないです。
抑えても、抑えても次々と欲が湧いてくるという意味です。