1946年 ビキニ環礁核実験
1979年 スリーマイル島原子力発電所事故
1986年 チェルノブイリ原子力発電所事故
1990年 東海村JCO臨海事故
学校で習ったり、近年の記憶に新しい事故でぱっと思いつくのが、上記。
まだまだ繊細で敏感な、多感な時代に、こうした事故が起きたので、
関連した映画をよく観ました。
数箇所ながら、発電所にも見学に行きました。
私が行った発電所は、海に近い場所にあるため、見学に行くと眼下に広がる碧い海、
見上げれば青い空、そして、足元には発電所、という、妙な感覚に。
高校の物理の先生が面白い方で、放射線とはどういうものか、ということで、
既に記憶は曖昧ですが、厳重に管理された放射性物質を、黒い箱に入れ、
恐る恐る覗くと、ぷち・ぷちと、光る何かが視えました。
チェルノブイリ事故直後に現地に入り、石棺建設現場を取材したフィルムには、
所々小さな白い抜けがありました。
まさにそれが、残留放射能だったと、映画の説明書きにありました。
当時日本でも単館で公開された、チェルノブイリ映画。
残念ながら、DVDなどにはなっていないようです。
①チェルノブイリ・クライシス 史上最悪の原発事故(1986)
炉心溶解(メルトダウン)により大爆発を起こした原子炉建屋その他、汚染源と
なっている建物まるごとコンクリートで覆ってしまおうという、いわゆる「石棺」を
作っている現場を決死の覚悟で取材した貴重なフィルム。
とても放射能防御服とは呼べない簡素な作業服で、暗い建物の中で作業する
人達、それを追うカメラ。
その後、監督さんは、放射能被曝が原因で亡くなりました。
②チェルノブイリ・シンドローム その後の史上最悪の原発事故(1988)
事故から2年目のチェルノブイリの現状を取材したフィルム。
原発さえなければ、穏やかで自然が美しい周辺の村々。
しかし、放射能汚染で、奇形化した植物や動物の姿が。
そして、甲状腺がんや白血病を患う子供達の姿。
忘れられないのが、汚染地域になお留まり生活する老夫婦。
汚染された河で獲れた魚や汚染された畑で収穫した野菜を食べて、
その生活を続けている様子を淡々と取材していました。
この事故は、政府が公表を隠していたため、その危険性を知らされなかった
周辺の住民が知らず知らず汚染された食べ物を食べ、内部被曝が
拡がったことにも批判が集まりました。
③チェルノブイリ黙示録(1990)
残念ながら、この作品は未視聴のため、具体的な内容は分かりませんが、
②を撮った監督が、更にその2年後のチェルノブイリ及びその周辺を
取材したフィルムとのこと。
是非、拝見したいところ。
このほか、安定ヨウ素剤や除染というものがどうようものか、初めて知った映画がこれ。
④シルクウッド(1983)
アメリカに実在し、28歳で謎の死を遂げたカレン・シルクウッドの生涯を描いた作品。
プルトニウムを扱う原子力関連企業に勤め、労働環境の安全性を調査する中で、
労働者の安全確保を無視し、効率性を追及する会社側の不正を暴露。
その直後から、自身にも不審な放射能被曝が検出され・・・。
不正の事実を記した書類を揃え、メディアの記者と会おうとした道中で、
不慮の事故死により亡くなりました。いまだに他殺が疑われています。
この映画の中で、何度か、「除染」のシーンが出てくるのですが、今でも同様な
処置をするのでしょうか。
シャワーを浴びながら、身体中を亀の子タワシのようなもので、皮膚が破れる
寸前までこすり洗うのです。当然、全身真っ赤に。
要所要所で流れる「アメイジング・グレース」が、非常に印象的な作品でした。
企業や国・行政を相手取り、その不正を暴く物語には、最近ですと
「エリン・ブロコビッチ」などありますが、あの痛快さはなく、ずっしりとくる作品です。
原発関連では、「チャイナ・シンドローム」という映画もあります。
そして、核に関連した祈りの映画。(だと私は思っています。)
タルコフスキー監督の遺作でもあります。
⑤サクリファイス(1986)
主人公の誕生日。日々摩擦はあるものの、平穏な日常。
そこに突然の核戦争の勃発。
主人公は、愛する者を護るため、それまで信じていなかった神に祈り、
サクリファイス(犠牲)を捧げることに。
美しい映像とモダンな美術。時折流れる日本的な音楽も印象的。
受け止めきれない事実を前に、人々の起こす行動。
そして、主人公の決断。
タルコフスキー作品の中で一番好きな映画でもあり、今回の震災で
何度も思い出す作品です。
映画のことが語れる幸せの裏で、苦境な状況で今も闘っている方がいることを忘れずに。