日帰りバスツアーの午後はいよいよミケーネです。

 

まだ冬シーズンなので遺跡の閉場が15時です

見学時間を十分確保するために昼食は見学を終えてからになりました。

 

 

 

ミュケナイは紀元前17世紀に遡る非常に古い遺跡です。トロイア戦争が紀元前1200年頃とされていますので、それよりかなり古いことになります。城壁の入城門であるライオン門から入ります。

 

 

ミケーネ(古名ミュケナイ)の円形墓地Aです。

向こうは場外の遺跡群と駐車場エントランスです。

 

 

円形墓地Aから出土しました、シュリーマン発掘の成果です。

アテネ国立考古学博物館所蔵です。

 

 

 

円形墓地Bからの出土品です。ずいぶんと高度な作りですね。

 

 

通称クリュタイムネストラの墓からも黄金の宝飾品が出てきました。

時代は紀元前15~14世紀ですが。

 

 

 

ミュケナイのアクロポリス王宮跡です。複合遺跡でミュケナイ時代の王宮の跡にギリシア神殿が建てられて、古典期には破壊されました。それ以降は廃墟となりました。今日のミケーネは小さな村です。

 

 

 

 

そこから出土した紀元前12世紀の壺です。ちょうどトロイア戦争の時代ですね。線形B文字も発掘され古代ギリシア語であることが解読されています。ただホメロスの時代にはこの文字も忘れ去られギリシア文字の普及までは空白の時代になりました。

 

 

 

城壁の向こうに円形墓地(隠れています)とアクロポリスの全景です

遺跡やアテネの考古学博物館にある埋蔵品に目を奪われます。

 

 

 

心奪われるのはトロイア戦争にまつわるギリシア悲劇です。

今から2400年以上昔に書かれた文学で、ミケーネはそれも含めての世界遺産です。

 

 

昼食はこちらでした。隣はホメロスレストランです。

 

 

 

 

 

今回触れますのは「アウリスのイペゲネイア」

 

どのような事情でギリシアがトロイア戦争に踏み切ったのでしょう?

そして戦争では多くが亡くなり、一応戦勝したギリシア側にも悲劇は多数起こりました。

 

三大悲劇作家のエウリピデスが紀元前400年頃のマケドニア滞在中に書き、同名の三男によって修正を加えられて上演し、優勝したこの劇は名作とされています。

 

粗筋は素晴らしいディレッタントのサーシャさまの記事↓をお読みいただくとして、(スミマセン楽させていただきます)
 

 
 
 
 
トロイア、女神の欲とパリスの欲が招いた厄
ヘラとアテナとアフロディテが美を競い、その中でアフロディテを選んだ牧童、やがてトロイア王子となったパリスは、報酬である世界一の美女ヘレネをスパルタから連れ去った。
 
スパルタのメネラオス王は、妻ヘレネを奪われたことへの報復として、トロイア征伐することを決めた*。かつてヘレネを妻とする際にギリシアの他の王との約束を頼りに、ギリシア連合軍を結成することになった。総大将は兄であるミュケナイ王のアガメムノンに決まりました。

 

連合軍を招集するにあたっては、円滑には事が運びませんでした。

そもそも不倫した女王一人のために犠牲をはらって戦争する必要があったのでしょう?

 

知将オデュッセウスは痴呆を演じて免れようとしましたが、アガメムノンの使者が乳幼児だった息子テレマコスを手に掛けようとした時に本性を現わしてしまい、やむなく出陣します。

 

アキレウスに至っては、出征すれば死ぬことを嫌った母テチスが彼をスキュロス島の従女にして、島の王宮に隠して育てました。

ただ尋常ならざる従女の噂を聞きつけたオデュッセウスによって見破られました、何しろドレスの下は筋骨隆々たる若者です。

しかもアキレウスは島の王女と恋仲になって子までもうけた、盛りがついた男子でしたから、「男たるもの勇者となって名誉を得るべし」というオデュッセウスの甘言にそそのかされて出征しました。

 

連合軍の要というべき将軍達もこの有様でした。

 

 

 

アウリスのイペゲネイア

ギリシア各地からの軍はアウリスの海岸に集結しましたが、アルテミス女神の怒りのせいで出帆の風が吹いてくれません。アウリスはギリシア中部の東海岸、現在のハルキダの近くで目前にエウボイアがある、静かな場所です。

 

女神の怒りを解くためには「アガメムノンの娘であるイペゲネイア王女を人身御供に」という預言がなされました。

 

ミュケナイではクリュタイムネストラ女王が留守を守っており、「アキレウスと婚姻させる」と偽ってイペゲネイアを旅立たせますが女王がついてきてしまいます。

 

人身御供を一旦は了承したアガメムノンですが悩んだ末に心変わりします。「前言は取り消し、ミュケナイに留まりなさい」という手紙を使者に託します

 

しかし、直ぐに弟メネラオスにさらわれ暴かれてしまいます。ここで、そもそも論も含めた激論が兄弟で交わされました。

(ここからエウリピテス悲劇を引用します)

 

 

ア)

一般人には護らねばならない権力も名誉も無い*ことが今となっては羨ましい。娘を殺すことなどできない、軍を解散させたい。ところがメネラオス弟は理屈をならべて義務からのがれられないように説き伏せてきた。勇者の名をかりて子を欺いてギリシアのために犠牲にしようとは、道に外れたことなのに、自分はどうかしていた。

 

メ)

黒ひげの臆病者、かつて権力を気違いのように求め、総大将になりたかった筈なのに。しかもアウリスで風に恵まれず多くの将軍が戦いを諦めて帰ろうとしたとき、どうしたら名声と指揮権を保てるかと考えた挙句、「娘をアルテミス女神の人身御供に」という預言を得た時、自ら進んでそうすると約束し、娘イペゲネイアを呼び寄せる手紙を書いたのだ。

 

ア)

左様な道に外れたことを後悔したことが狂気の沙汰というのか?

 

メ)

権力の絶頂を極めた多くのひとのように、あなたも失墜した。栄光を受けるべく生まれたギリシアが貴方ゆえにろくでもない蛮族どもの嘲笑の的になるのだ*。王家と言っても分別のある人のみが支配者になれるのだ

 

ア)

お前は美しい妻を取り戻したいのか、取り逃がしたのはお前であって、その尻ぬぐいを私がしなければならないのか?しかも猥らな女を抱きたいがために分別も品位をなげうったのだ*。恥じるがよい卑しい欲望を・しかも厄介払いしたともいえるお前の悪妻のために可愛い我が娘を犠牲にするなど気違い沙汰だ。

 

メ)

ああ、一人の味方もいないのか。ギリシアのために苦しむ義務*はないのか?

 

ア)

自分から味方を捨てているのだ。そうは言っても兄であることに変わりはない。分別で示したい。ギリシアが犠牲を望むならギリシアも狂っている。

 

こうしてアガメムノンの分別がメネラオスの私欲を論破したのだったが、、。イペゲネイアを連れたクリュタイムネストラがアウリスに到着してしまった。時すでに遅しと苦悩するアガメムノン。

 

ア)

アウリスに娘が到着したことによって運命はもう決まったも同様。もしギリシア兵が状況を知ったらトロイアを征服しようとするあまり、いかなる手段も躊躇しないだろう*。国王でなければ良かった。市民なら悲しみを打ち明けて涙し心の重荷を軽くすることもできよう。しかし王は地位の奴隷でありそれは許されない*。そもそもクリュタイムネストラが娘と一緒に来ることからして間違い、来れば大変な騒動になるのだから。

 

それをみたメネラオスは兄に対する同情の念にさいなまれる。

 

メ)

兄さま、出陣は止めよう。ワタシも前言を取り消す。兄弟で争いあなたの娘を殺させることも出来ない。自分が喜ぶためにあなたが悲しみ、我が娘ヘルミオネが生き永らえているのにあなたがイペゲネイアを失うことなどあってはならない。ヘレネのために死ななければならないなんて不条理だ、花嫁はヘレネばかりではない、それを取り戻すことで兄を破滅させるのはとんでもないことだ。それをやろうとした自分は愚か者だった。あなたにどんな酷いことをしてきたのは漸くわかった。軍を解散させてくれ。

 

ア)

しかし、こうなっては運命の網からのがれることはできない。ギリシアの全兵士が娘の死を望んでいる*。

 

メ)

兵はまだ何も知らない、まだ間に合う。イペゲネイアをアルゴスに送り返そう。

 

ア)

預言者やオデッセウスが神託を公開し、ワタシがこれを破ったことを明らかにするだろう。10万の兵と千艘の軍船が我々二人を殺すことも出来る。たとえアルゴスに逃げ帰ってもギリシア兵が国を荒らすだろう。だから頼む、クリュタイムネストラに知られないよう気をつけてくれ。

 

 

 

クリュタイムネストラの怒り

何も知らない女王のもとへ現れたのはアキレウス、彼の軍勢は足止めにいらついていて反乱を起こしかねない有様であり、アガメムノンに「故郷に返すか、アガメムノンの指揮のもとにトロイアに攻め入るか、早くどちらにするか決めてくれ」と告げるためにやってきて、黒い瞳の女王とばったりと遭遇した。

 

婚礼のことをアキレウスが知らなかったことから作り話であることが露呈。クリュタイムネストラも欺かれていたことを知った。

そこへアガメムノンの老僕がやってきて二人に状況を暴露した、兄弟の改心と後悔のこともふくめて。アキレウスは女王に同情した。

 

ク)

憐れんで、お助け下さい、かりそめにもあなたの花嫁と呼ばれた娘をお救い下さい。貴方のために娘をここにつれてきたのです。あなたの高貴なお名に傷をおつけにならないでください。味方になってくださればアキレウスのお名は栄光あるものになるのです。私は冷たい心の荒くれ男のなかにいる弱い女です。ですからお救いになるか見殺しになさるか、すべては貴方のお手のうちにあるのです。

 

アキ)

お気の毒に、しかも偽りを憎みます。ワタシはまだあなたの義兄弟を裏切ったことはありません、しかし自由人であり非道な統率者に縛られてはなりません。妖計からお守りします。娘君にはトロイアで振るうべきこの剣にかけて指一本触れさせません。しかしながらまずは、アガメムノンの心を翻すように努めてください。

 

ク)

かれは臆病者で兵隊を怖れているのです。見込みはなさそうに思いますが、やってみます。

 

アキ)

一応諫めてください。もし分別の声に耳を傾けられたならそれに越したことはありません。ワタシの出る幕が無い方がよいのです。

 

女王は真実を娘イペゲネイアに話した。そして、、

 

 

 

アガメムノンと対峙

千万の恨みをこめて、自分と娘は全てを知ってしまったことを告げるクリュタイムネストラ。

「私は破滅だ」と二言のないアガメムノンに女王は畳みかけて呪う。

 

私は貴方を愛したことはありません。私が心から愛していたタンタロスを貴方が殺して私を奪って妻にしたその日からずっと、憎み続けていました。でも良い妻になろうと努め、三人の娘と息子を産んでさしあげました。何故に?それは私の妹である浮気女ヘレネとひきかえに彼らを殺すためだったのです。

 

トロイアに遠征される間に起こるであろうことをご想像下さい。私が娘亡きあとの部屋で「可哀そうに貴方は父に殺されたの」とつぶやくワタシにどのような考えが生まれるでしょうか。殺したものが殺されぬようにどうかご油断されませんように。

娘を殺してどのようなお恵みを神々に願うことができます?人殺しを祝福なさる神々でしょうか?

 

軍を率いることしか望んでいないのですね。そもそも戦争はメネラオスとみだらなヘレネのための邪悪な戦いであり、人身御供がいるなら彼らの娘であるべきなのに。どうして貞淑な私が娘を犠牲にしなければならないのでしょう?

 

このまま戦勝すれば、ヘレナが無事に戻れば娘ヘルミオネを可愛がることも出来るとは何たる不条理、私の考えは間違っていますか?どうか後悔して恐ろしい罪を犯すことをおやめくださいませ。

 

イペゲネイアも畳みかけるように父アガメムノンに訴えかける。( 娘もつ親ならば;∀;)

 

 

 

(アガメムノンが漸く堅い口を開いた)

私とて憐みを知らぬ者ではないし、狂人でもない。子はいとおしく、そんなことをするのは恐ろしいことだ、しかし拒んだ時の結果が恐ろしい。多くのギリシア兵、武具、軍船をみてごらん。彼らは犠牲無くしてトロイアへ船出できないのだ。蛮族どもに襲いかかりギリシアの女たちへの暴行をやめさせようと意気ごんでいる兵たちは、どんなことも躊躇しないだろう*。

 

もし出征を拒んだらギリシア兵は我々を皆殺しにするだろう*、私はメネラオスの奴隷ではないがギリシアに使える義務を持っている。ギリシアは自由でなければならない、蛮族の掠奪を受けてはならないのだ*。他に道はない。

 

この時アキレウスと兵たちがアガメムノンの天幕の中になだれ込んできた。

 

 

 

修羅場へ

アキ)

お気の毒な女王様、アルゴス勢が姫君の命を求めています。

 

ク)

なぜ、だれも止めないの

 

アキ)

やってみましたが、やつらはこの私につぶてをなげてきたのです。

 

ク)

でも貴方のミュルミドン兵はどうしたのです

 

アキ)

彼らが真っ先に私に手向かったので*、ここにいる数人を除いて。私が許嫁を殺すことは許さないと告げると、恋ゆえに目がくらんだ愚か者と嘲りました。

 

イペゲネイアに気が付いたアキレウスは言った)

勇気をお出しなさい、私どもがお守りします。私に命ある限り。

 

イペゲネイアは思った)

逞しく、美しく、勇敢で、誠実な人だこと。もしこの人が自分のために命を落とすようなことがあれば、ギリシアは最高の戦士を失うことになる。

 

クリュタイムネストラが口を開いた)

どの位の数の兵がこちらにやってくるのでしょう

 

アキ)

何千人もがオデュッセウスに*率いられています。

 

ク)

あの裏切り者め、人殺しの王、この子をどうしようというの

 

アキ)

黄金色の髪をつかみ、祭壇に引きずっていこうというのです。しかし私が相手してやります。

 

 

決心したイペゲネイアは言った)

お母さま、お父様のことをお怒りにならないでください。勝つ見込みのない戦争をするのはつらいことです。アキレウス様が助けて下さることは有り難いのですが。それではあだに命をおとされることになるでしょう*。

 

全ギリシアの運命がこの私にかかっているのです。私だけが船出させてトロイアを征服する力を、蛮族の欲望からギリシアの娘を永遠に開放する力を持っているのです。私が人身御供となることで祖国は救われ、私の名は永遠に祝福されます。何千という兵士が決死の覚悟でアウリスにはせ参じたのです。なぜ私が自分の小さな命に執着していられましょうか。

 

アキレウス様にしても、女のためにご自身の兵と争われることがあってはなりません。貴方の命は一万人の女の値打ちがあるのですから、アルテミス女神が私の命をお望みなら、それがギリシアのためになるのですから*、捧げます。そしてトロイアを滅ぼしてください。彼らは奴隷ギリシアと私は自由の民なのですから。

 

 

大団円

そこから先は狂乱のクリュタイムネストラとそれをなだめるイペゲネイアとの魂の修羅場となった。イペゲネイアは母を振り切って祭壇に向かって静かに歩み出した。それを見た10万の兵士は畏怖にうたれ後ろに引き下がった。祭壇のところではアガメムノンが待ち受けていた。

 

 

 

おわりに

悲劇は以上です。お気づきかもしれませんが。かなり無理のある筋書です。私が*をつけた箇所はちょっとあり得ないと思われるところです。

 

蛮族という名称の偏見、優越思想 国のための犠牲思想、力で解決しようという男性的思考、男性優位の思想、人命尊重子を守るという女性思想の軽視 名誉と権力への欲求

 

これらが絡み合って大戦争を引き起こしました。そして何十万もの血が流されたのです。もしアガメムノンやメネラオスがアキレウスのように女性的であり、クリュタイムネストラのように知恵と弁がたったなら。オデュッセウスに妙な欲が無ければ。去勢されたものだけが権力者になったのなら。ギリシア軍は解散され戦争は回避されたことでしょう。

 

名作とされるこの悲劇も細かく読めば無理筋がみえてきます。それでも今から2400年以上昔にこれだけ人の心を描いたものですから、ミケーネと古代ギリシアの高度な思考に驚かされます。しかも今日の世界平和を考えるうえで極めて参考になると思われ、今日にまで生きている古代遺産といえます。

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