相手の気持ちよりも自分の気持ちを優先する人は、ストレスを感じにくいと思います。また、相手に翻弄される人はストレスの塊になります。自分を主体に置いて、自分のペースに持ち込もうとすればストレスは生まれにくいでしょう。

 

 

しかし、それは長く付き合う関係性において、そのような人は煙たがられます。

 

 

なのでそのような人は、色々と多くの人達と関わろうとし、自分の居場所を次々と求めるものです。

 

 

そういった人達は、自分をきちんと受容して貰える環境を持てず、それがストレスにはなるのですが、様々な人と接し、様々に環境を変えていこうとすることでストレスをケアしています。

 

 

 

逆に、相手のことを優先し、大切にしようとすると、それはストレスが多く伴いますが、それを必要とする者同士が寄り合うことが出来れば、そのストレスを緩和する場所が出来るので、そのような人は、寄り合う仲間を見つけ出すことが大事になります。

 

 

 

救世の人となるために世の中を良くしよう、人々の灯火となろうと努力することは良いことのように思われますが、それが度を過ぎると正常な思考判断が難しくなってしまうことがあります。

救世の人となろうとする想いは大切ですが、そうあらねばならないと自らを苦しめ自らを縛ってしまうと、その苦しみから逃れたくなってしまい、とんだ過ちを行なってしまうことがあります。

そういった境地に立たされている場合は、視点を変え、世の中の良い面に目を向けたり、別のことを考えてみるのが一番です。

救世主としての責務を果たすことに必死になり世の中の問題点を粗探しのように探すのではなく、今の現状を過去の長い歴史から紐解き良しとするような度量の深さが無ければならないように僕は思います。

少し窮屈に今を締め付けて問題視することから離れ、ゆっくりと今という時間を味わうことが大切な気がします。

 

自分の長所短所を書き出すと良いと思います。

 

長所が無いという人は、短所を挙げてその見方を変えることで長所に出来ないかと考えてみると良いと思います。長所が多いと自分に自信が持てるので、なるべく多く自分の長所に気付くことだと思います。就職活動で良く自己分析が大事だと言われますが、自己分析は、自己肯定感を高めるためにも必要であると思います。

 

自分のことを上手にプレゼン出来るようになるためには、自分に自信が無いとなかなか出来ませんが、自分に自信が得られるようになるには、長所を磨き、短所を改めることだと言えます。短所を改めるのは面倒だし、時間がかかるのでそれについては時間を掛けて取り組むよう心掛け、後は、手っ取り早く長所を更に磨くことだと思います。

 

私は面白い話をするのが苦手で下手ですが、真面目に語ったり、書いたりするのは好きで得意です。得意なことで褒めて貰えることもありますが、逆に、短所を指摘され、相手にされなかったり、飽きられてしまうことがあります。

 

人から褒められるとより自己肯定感は高まりますが、なかなか人に褒められる次元に辿り着くのは難しいと思います。人が褒めてくれるのは、褒められる人が褒める人より優れているからです。多くの人から褒められるようになると自己肯定感は高まると思いますが、そこに到るのには相当な経験や年数が必要になると思います。

 

自分より優れているからその人を褒めるという構図が存在していると思うので、褒められるようになるのは相当な努力があってのことだと思います。なので自己肯定感を高めるためには、下手に自分を褒めたりなぐさめたりするより、自分の長所を磨く努力と短所を補ったり改める努力に時間を割いたら良いと思います。

 

そんなことしてもしんどいだけだし、認めてもらおうとしてあがいているだけでみっともないと思われるかもしれませんが、それは、時間を掛けて取り組んでみない事にはわかりません。

 

それを放棄して、ありのままの自分でいる事は、一時の楽を得るのに必要なことではありますが、やはり、少しづつでも成長し、進歩する方が、充実し、自己充足に繋がります。そのようにすると自己肯定感はより高まるのではないでしょうか。それには、時間とより多くの経験が必要になると割り切って、少しづつ自己肯定感を高めていこうとする覚悟が必要になる気がします。