山田尚子監督の最新作「きみの色」、公開日の8月30日に早速見てきました。台風の影響で電車が止まりそうでヒヤヒヤの中での鑑賞でしたが、無事帰ってこれました!

ステキでキレイな映画でした。挿入歌も「水金地火木土天アーメン」をはじめとして良い歌で、ラストの文化祭のシーンは楽しめました。この映画、どこかの新人監督が作った映画だったら、大変な佳作であると激賞したかもしれません。

ただ、あの「山田尚子監督の最新作」、としては正直食い足りない映画でした。更に言えば、ずっと山田尚子監督とタッグを組んできたハズレのない名脚本家・吉田玲子の作品となればよけいハードルが高くなっていたのかもしれません。

なぜ私がこの映画が食い足りない作品であったのか、ネタバレ全開で書いていきます。未鑑賞の方はご遠慮下さい!

 

山田尚子監督がテレビアニメのシリーズ監督としてデビューしたのは「けいおん!」(2009)である。私が愛してやまないこの宝石箱のような作品は非常に微妙なバランスの上で成り立っている奇跡のような作品である。そもそも原作が4コマのギャグ漫画であり、主人公・唯が楽器初心者でありながら超人的なスピードで上達していくが、全く練習している様子もない。その辺りは「ギャグマンガなんで、そこはひとつ」といった暗黙の了解の上に成立していた。だが、アニメ化に伴い、山田尚子はさすがにそれではあまりにもと考えたのであろう、唯や律が人知れず練習している様子を描き、ギリギリのリアリティを与えている。

また、唯たち3年生の卒業後の進路についても「4人揃っての女子大進学」という現在と地続きの地平を描くにとどまり、リアルな「将来」を描いているわけではない。この作品はリアルな「人生」よりもその時その時の「時間」をかけがいのない仲間と過ごす楽しさを描く事によって、リアルな「高校生活の楽しさ」や「仲間との絆」を描くといった離れ技を見せたのである。

「けいおん!!」(2010)第10話「先生!」でさわ子先生の同級生である紀美と出会う事によって唯が初めて「大人になる」という事を実感を持って考え、「私も大人になったらオトナになるのかな」という名ゼリフを言うのだが、それ以上はリアルに踏み込む事なく、唯の成長を描くといったこの手法は素晴らしいの一言である。

山田尚子の原作のない初のオリジナル作品である「たまこまーけっと」(2013)はファンタジー色もある生活ギャグ?アニメだが、その劇場版である「たまこラブストーリー」(2014)ではテレビシリーズよりもリアル感の強い作品となり、年頃の女子高生であるたまこの等身大の恋愛模様が繊細に描かれる。山田尚子初の劇場用映画である「映画けいおん!」(2011)から「たまこラブストーリー」と徐々にリアル指向になっているのがわかる。

自身の監督作品ではないが、「響け!ユーフォニアム」シリーズ(2015~)でチーフ演出を担当している。「けいおん!」と違い、衝突や葛藤というリアルな人間関係を描くこのシリーズに関わった事は少なからず山田尚子に影響を与えたはずである。

そして聴覚障害やイジメといった重いテーマを盛り込んだ「聲の形」(2016)を経て

「響け!ユーフォニアム」のスピンオフ作品でありながら独立した1本の映画としても成立している「リズと青い鳥」(2018)で少女ふたりの依存と葛藤をリアルに描き、山田尚子の繊細な演出はひとつの到達点を見せる。

山田尚子は京都アニメーションを離れ、新たにサイエンスSARUのもとテレビシリーズ「平家物語」(2021)の演出を担当、新境地を開く。ただ、この作品は全11回では如何せん短く、1年間くらいの大河ドラマ的アニメで見てみたかったです。

尚、「未来が見える」というオリジナルキャラクターのびわは「人の色が見える」という「きみの色」の主人公であるトツ子の源流であるように私は感じる。

そして「きみの色」である。劇場用映画としては「リズと青い鳥」以来6年ぶりの作品であり、リアルで繊細な演出を究めてきた山田尚子がどんな世界を見せてくれるのか、私は注目していた。バンドもの、という事である意味「けいおん!」への原点回帰の側面もあるかもしれない。しかし当然「けいおん!」のようにただ楽しいだけの時間を描く作品はもう作れないというか、作らないのはわかっていたことである。

 

主人公・トツ子は「人の色が見える」事など、人との違いがあり、生きづらさを感じている。きみは高校を自主退学した事を家族(祖母)に告げられずにいる。ルイは実家の医者を継がなければいけないプレッシャーを感じながら、趣味で音楽を楽しんでいるが、家族には内緒にしている。

 

悩みや苦しみ、将来への不安などを描くのは「映画けいおん!」から「リズと青い鳥」への演出の進化と流れの中で必然であったと思われる。ところが私が食い足りなかったのはこの3人の葛藤が上っ面だけで、リアルな感じで伝わってこなかった事だ。

トツ子の幼少の頃のバレエで挫折?したエピソードも現在への繋がりが薄く、イマイチわからない。家業を継ぐためちゃんと勉学にも励んでいるルイが家族にそこまで音楽の事を内緒にする必要は感じないし、最も謎だったのはきみが退学した理由が最後まで明かされなかった事だ。修学旅行中に寄宿舎のトツ子の部屋に忍び込んだ際にも祖母にはカミングアウトしていないようなのも疑問だった。そもそもきみがトツ子をはじめとした女子生徒にどうしてそんなに慕われていたのかが、イマイチ伝わってこない。

 

古本屋「しろねこ堂」の店主は一度も顔を出さず、いつもアルバイトのきみに任せっきりのようだが、この辺の設定にもうひとひねりあって、若い頃音楽をやってたっぽいシスター日吉子の過去に繋がりがあるとか、きみのお兄さん、はたまたルイのお母さんと関係があるとかにすればぐっとストーリーに深みが増したのではないだろうか。

トツ子が白猫に導かれてしろねこ堂にたどり着く件は吉田玲子が脚本を書いた「猫の恩返し」(2002)のセルフオマージュの匂いもするが、こういうファンタジー色よりも深いストーリー性を望みたいところだ。そういえば「平家物語」でもびわに懐く白猫が登場するが、こういう「匂わせ猫」が好きなのかも(笑)

 

「男女交際禁止」というのは「おつきあい」の事なのか、一緒にバンド組むのさえダメなのか、よくわからず、そのくせフェリーが欠航し、男子も一緒に外泊したというのにいくらシスター日吉子のサポートがあったとはいえ、どうやって学園長の許しを得たのか全くわからなかった。最大の謎はラストの文化祭へのバンド演奏の際、退学したきみが出演しても良いのか、という件はあったのに、全くの部外者であり更に男子でもあるルイの出演の可否について何も言及がないのが不思議だった。

 

ミッション系の女子高の文化祭で部外者を含めたバンドがロックを演奏するのって、結構ハードル高い気がするんだけど、どうやって学園長の許可を取ったのか、はたまた強行突破だったのか、などが全く描かれていない。他のシスターや観客含めて途中からノリノリで踊りながらの盛り上がりで「雰囲気」で押してしまったのが惜しまれる。挿入歌の出来も良く、ライブシーンも楽しかったので尚更である。

 

ラストの別れのシーンもトツ子、きみの「がんばって~!」の絶叫の力技で乗り切っちゃうのはどうなんだろう。「けいおん!」のようなある意味リアリティをあえて排除したユートピアを描くのはもちろんアリなのだが、「聲の形」や「リズと青い鳥」を経てリアル路線に舵を切ってきた山田尚子が、ここで中途半端にリアル設定を入れながら雰囲気で乗り切ろうとしたのは私はどうもしっくりと腑に落ちないのだ。

 

あとこの映画のタイトルは「君の色」ではなく「きみの色」なのは何故だろうとずっと考えているのだが、よくわからないのだ。きみ=作永きみのダブルミーニングなのかな、とも思うがきみが主人公じゃないしね。もし主人公の名前が「きみ」だったら、もともと自分の色はわからないが、「君」=Your,Her,Hisの色はわかっていたが、最後に「きみ」=Myの色が見える、というラストだと面白いと思うんだけど。

 

キャラクターの設定などは充分に魅力的で、もっとその家族などのバックボーンを掘り下げて描けばもっともっと傑作になったのではないかと、残念に思います。「キネマ旬報」2024年8月号のインタビューで山田尚子が「私自身オリジナル気質ではないので、むしろフィットする原作があればその方がいいと思ってました」と語っているが、実際山田尚子は完全オリジナル作品よりも原作にインスパイアされてそこに自身の色をうまく調合した方がより作家性が際立つタイプかもしれないと私は思ったりもします。

 

Amazonプライムで配信されているオムニバスドラマ「モダンラブ・東京~さまざまな愛の形」(2022)の第7話であり唯一のアニメ作品である「彼が奏でるふたりの調べ」も山田尚子監督作品である。冴えない女子が高校時代の後悔と向かい合いながら一歩前へ進んでいくいく様を瑞々しいタッチで描いた好編である。目新しさはないものの、いつの時代でも変わらない普遍的な人の思いを上手く掬い取っている作品だ。

 

山田尚子は京都アニメーションを退社後、サイエンスSARUと仕事をしているが、(私の好みでしかないのだが)どうもこのSARUとの親和性があまり高くないのではないかと感じています。この「モダンラブ」を見ていると、全く新しいスタッフとの仕事でまた違った魅力が出ているような気がします。せっかくフリーになったのだから、製作スタジオを限定せずにいろいろなスタッフとの仕事に挑戦するのもアリかもしれません。

 

私は「けいおん!」で山田尚子と吉田玲子というふたりの天才クリエイターに出会った。一方の吉田玲子は山田尚子との仕事以外でも傑作を連発、近作でも「デッドデッドデーモンズデデデデデストラクション」、「ブリーピリオド」など佳作揃いである。

一方の山田尚子にも私は大いに期待している。期待するからこそおふたりの作品に対するハードルはつい高くなってしまうのではあるが、今後もおふたりの作品を楽しみに待ちたいという気持ちは変わりません。