吉田玲子の「草原の輝き」を読了。3月の終わりには購入していたのですが、たまっていた他の本に回り道をしていて、なかなか辿りつけなかったのでようやく読み終わりました。※ネタバレあります

 

アニメを中心に数々の名作を生み出し続ける名シナリオライター・吉田玲子。その初のオリジナル小説と聞けば、吉田の大ファンの私としては読まないわけにはいかない。その話の舞台に選ばれたのはイギリスの全寮制のパブリックスクール。男子のみの寄宿舎生活、と言えばやはり萩尾望都の「トーマの心臓」が思い浮かぶが、あれほど哲学的・宗教的な内容ではなく、またスマホも登場する現代を舞台にした作品であり、その世界観、読み口は全く異なる。

 

だが、その内容は決して軽いものではなく、母親の再婚によってステップファミリーとなった主人公・多生は、家族内でも学校でも居場所がない”ストレイシープ”だったが、「ヘッド・オブ・スクール」のベンジャミンとの邂逅をきっかけに、寮生の友人や、義父や義弟、母親、自分を「捨てた」実父との関係を新たに築きつつ人間として成長して、居場所を見つけていく様子を丁寧に描いている。

 

離婚した実父はガーデナーであり、多生はその父に反発や恨みを持ちつつも、自身もガーデニングを通じてどんどん世界が広がっていく。一見地味な題材ながら、その描写の巧みさによって、字を読んでいるいるだけで目の前に花が咲き乱れ、美しい色彩が広がっていく感覚を味わえる。また恋愛や性を越えた「好き」という気持ちが実に繊細なタッチで紡がれていく。また読了した後で改めて吉田が「草原の輝き」というタイトルに込めた思いや、表紙絵になぜこの場面が選ばれたかの選択の意味を考えると深く感じ入ること間違いなしです。

 

今作のあとがきで初めて知ったのだが、吉田玲子は広島の出身であり、彼女が幼少の頃ささやかな家庭菜園で花が咲くのを待っていた時、父が「この近辺はかつて七十五年、草木は生えないと言われていた。だから、地面に何かの芽が出てきたときに、みんな、涙を流さんばかりに喜んだ」と語ったそうである。

【草木が生えることが人々の希望になる、(中略)芽生え、育ち、花を咲かせる。その姿に胸打たれた記憶が、この小説を書かせてくれたのかもしれません】と吉田は書いている。

このエピソードはこの作品のみならず、吉田玲子の全ての作品に通底する人間の優しさ、異分子に対する温かい眼差し、生命の輝きなどのテーマの中核を担っているように私は感じた。

 

京都アニメーションが発行するKAエスマ文庫から今作は発行されており、また表紙イラストをかつて京都アニメーションで「けいおん!」「たまこまーけっと」を共に作った盟友・堀口悠紀子が担当している事から、いやが上ににも京都アニメーション製作によるアニメ化の期待が高まる。

 

イラストでは多生とベンジャミンしか描かれていないが、他のキャラクターがどんな顔なのか、そしてイギリスの風景、美しいガーデン、おいしそうなお菓子、厳粛なパブリックスクールの建物・・・などを京都アニメーション十八番の繊細でハイクオリティなアニメーションで見てみたいと感じたのは私だけではないはずである。

 

動く多生、喋るベンジャミンとの再会を願ってやまない。