ある日兄から唐突にラインで聞かれたのである。「ウルトラマンティガやウルトラマンダイナのDVDは持ってる?」と。持ってると答えると、ティガの「ゼルダポイントの攻防」とダイナの「少年宇宙人」の回が見たいという。何故かと尋ねると太田愛さんが書いた小説の「幻夏」と「天上の葦」が素晴らしすぎて、その解説にこの2つのエピソードが引いてあったからだという。

太田愛と言えばウルトラに縁が深い脚本家で、私も好きな作品が多いが、私は恥ずかしながら太田さんがテレビドラマ「相棒」や「トリック」などでも人気があり、また小説も書かれている事など全く知らなかったのである。兄のオススメを受けて私も早速読んでみました。「幻夏」「天上の葦」より先に発表された小説家デビュー作・「犯罪者」を。

 

いや、メチャクチャ面白いです。展開に引き込まれたのはもちろん、フィクションであるのを承知で読んでいるのにこんなに読書中にハラハラドキドキして動悸が激しくなったのは久しぶりである。この小説のジャンルは何と言うのだろう?クライムミステリとかクライムサスペンスとでも言うのだろうか。当然ネタバレはいたしませんが、文庫本の裏表紙に書かれたアオリの文言は”公開情報”と判断してここに再録します。興味を持って下さった方は是非読んで頂きたい。アオリの文言を読みたくない方はご遠慮下さい。

 

白昼の駅前広場で4人が刺殺される通り魔事件が発生。犯人は逮捕されたが、ただひとり助かった青年・修司は搬送先の病院で奇妙な男から「逃げろ。あと10日生き延びれば助かる」と警告される。その直後、謎の暗殺者に襲撃される修司。なぜ自分は10日以内に殺されなけらばならないのか。はみだし刑事・相馬によって命を救われた修司は、相馬の相棒で博覧強記の男・鑓水と3人で、暗殺者に追われながら事件の真相を追う。

修司と相馬、鑓水の3人は通り魔事件の裏に、巨大企業・タイタスと与党の重鎮政治家の存在を掴む。そこに浮かび上がる乳幼児の奇病。暗殺者の手が迫る中、3人は幾重にも絡んだ謎を解き、ついに事件の核心を握る人物「佐々木邦夫」にたどり着く。乳幼児たちの人生を破壊し、通り魔事件を起こした真の犯罪者は誰なのか。佐々木邦夫が企てた周到な犯罪と、驚くべき目的を知った時、3人は一発逆転の賭けに打って出る。

 

 

私はこの「犯罪者」の小説ジャンルを知ってまず驚いた。太田愛、と言えばその脚本家デビュー作であるティガ第21話「出番だデバン!」や第27話「オビコを見た!」、ダイナ第8話「遥かなるバオーン」、第12話「怪盗ヒマラ」、ウルトラマンコスモス第57話「雪の扉」などファンタジー色の強い作家、というイメージが私にはあったからだ。しかし考えてみればハードな展開だった異色作「ウルトラマンネクサス」の第3クールのメインライターを務めたのは誰あろう太田愛であった。もともと引き出しが広く、いろいろな作品が書ける作家さんであったのだと、再認識した次第である。このブログを書くためにティガ第32話「ゼルダポイントの攻防」とダイナ第20話「少年宇宙人」を見返してみた。「ゼルダポイント」の方はもともと比較的ハードなエピソードだが、「少年宇宙人」の方はもっとファンタジー色が強い印象だったが、改めて見ると切ない気持ちが勝り、主人公の少年の”未来”を思った時に考えさせられる(且つ泣かされる)エンディングであった。ティガとダイナ以外は全話持っているわけではないのですぐには太田愛作品を全て見返す事は出来ないが、改めて見てみたいと思ったし、「相棒」も盛んに再放送しているのでチェックしてみようと思う。

 

しかし考えてみると「太田愛」という作家とは何かと縁があるな、と思う。太田さんの脚本デビュー作「出番だデバン!」はわが家の子供たちのお気に入りエピソードで多分一番繰り返し見たティガのエピソードだし、長男が親抜きで初めて妻の実家にお泊りしてばあちゃんや義妹と一緒に見たダイナは「少年宇宙人」だった。彼はこの事を今でも覚えている。そして私が永らく音信不通だった旧友と連絡するきっかけになったのはコスモスの「雪の扉」だった。(下記ブログをお読み頂きたい)今こうして兄から太田愛の小説をオススメされたのも必然だったのかもしれない。

 

 

 

「宇宙船イヤーブック1998」(朝日ソノラマ)や「ウルトラマンネクサス ヒーローピクトリアルvol.2」(小学館)には太田愛さんの興味深いインタビューが掲載されている。映像作品の脚本が書きたくてツテを頼って直接円谷プロのプロデューサーにプロットを持ち込み、「出番だデバン!」が採用されたという話は驚くの外はない。また「怪奇大作戦」が大好きで特に実相寺昭雄監督の「呪いの壺」や「京都買います」は何回見たかわからないという。こうしてみると「ウルトラQ dark fanntasy」や「ウルトラマンネクサス」、「ウルトラセブンX」を手がけたのも必然であったと思うし、その流れの中で小説デビューとなった「犯罪者」へと繋がっていくのも自然な流れであったのかも知れない。

「犯罪者」が面白かったので、私はすぐに「幻夏」も読み始めた。期待を裏切らない滑り出しであり、これからが楽しみである!

 

 

最後に自分の備忘録として「犯罪者」の感想を少し書き留めておきたい。未読な方はネタバレになりますのでご遠慮下さい。

 

※繰り返します。以下ネタバレ注意!※

 

この小説は当然フィクションであるのだが、こういう事ってきっと本当にあるんだろうなあ、と暗澹たる気持ちになる。大企業と政治家の癒着、闇から闇へと葬りさられる真実。いつも泣かされるのはなんの罪もない無辜な市民たちなのだ。

産業廃棄物を巡る記述にも考えさせられた。産業廃棄物が問題になると、お上は法律を厳しくして取り締まりを強化する。だが、だからと言って産廃が減るわけではない。じゃあどうなる、と言うと産廃の不法投棄が増える、というわけだ。彼らだってやりたくて不法投棄をしている輩ばかりではない。仕方がないのだ。ゴミは出る、だが処分場はない、のだから。

結局この問題もシワ寄せが来るのは末端の人間たちなのだ。

 

「犯罪者」はこうした「平成版松本清張」とでも言うべき社会派の切り口も鋭く、また次々と場面を変えていきながら段々とストーリーの繋がりが見えてくる展開も上手い。また事件のバックボーンとなる様々な事柄を実に詳しく調べていて、フィクションでありながらその事象に骨太なリアリティを与えている。また主要な登場人物だけでなく脇役たちまで、その生活や過去を掘り下げて丁寧に描写している。ただ、場合によってはこの描写がストーリーの展開を阻害して、流れを悪くしているように感じる部分も正直言ってあった。この辺は好みが分かれるところかもしれない。もちろん基本的にはこの掘り下げによってストーリーに厚みが出て大変面白く読める事は言うまでもない。

 

通り魔事件の4人の被害者と、高知の爆発事件の被害者(特に女性の方)にはフィクションの中とは言いながらあまりにお気の毒で気が滅入る。佐々木邦夫というか真崎のせいで起きてしまったとも言える通り魔事件は恐ろしすぎる。この事件からストーリーが幕を開けるのも巧みな描写である。

 

2,3不満をあげるとするならば、クライマックスで結構活躍する「野村」にその後の描写がないのが寂しい。一行だけでいいから触れてほしかったな。また第15章「八番目の犠牲者」というタイトルは読者をミスリードするタイトルなのだろうか?それとも私が誰が八番目か気づいていないだけ?あと、不本意ながら松井に翼の写真を取り上げられてしまった鳥山だが、その後この写真がどうなったのか全く言及がない。他の伏線はほぼ完璧に回収されているのでちょっと枝葉末節に触れてみました。

それ以外は文句ありません。ホントに面白かったです。太田愛さんありがとうございます!「幻夏」も楽しみです!