作詞 川村真澄

作曲 久保田利伸


1988/09/30


かすかなライト椅子にもたれ

胸のラインが三日月のよう

ooh ため息で見つめてる


あなたの影が 波を打てば

揺れる鼓動を探したくて


ooh 耳もとで and touch the world


抱きしめてささえたいだけなのに

さみしげなくちびるがあざやかで

覚えてた夢のように


裸の指をきつく噛んで

もうはずせない

指輪にしよう


ooh 夜明けまで and touch the world


抱きしめて感じたいだけなのに

うつ向いたまなざしがあやしげで

覚えてた夢のように


問いつめて なにもかも なくしたい


抱きしめてささえたいだけなのに

さみしげなくちびるがあざやかで

覚えてた 夢のように


抱きしめて感じたいだけなのに

うつ向いたまなざしがあやしげで

覚えてた夢のように




アルバムはSuch a Funky thang! から

覚えてた夢 先日 ポケカラで

歌いましたが アルバムを聞いてた時

この歌は ブラックぽくないな

くらいしか思ってなくて

アルバムの趣旨からは外れた曲に

感じてました。

裸の指をきつく噛んで もう外せない

指輪にしよう なんて久保田には

珍しいきつい表現をしてます。

この曲だけを 抜粋した場合

非常にいい感じでした。



僕のじいさんは 僕の事を

凄く可愛いがってくれました。

母方のじいさんなので 名前は上原と

言います。

じいさんは 長男がいて息子が

いましたが 僕に養子縁組を組んで

スダから上原に名前を変えたいって

当時 3歳の僕には なにも理解

できない事を 言ってたみたいです。

じいさんは 膀胱ガンになりました。

末期でした。

僕は 全く覚えてないですが

母親が あと少ししかない

命が終わる時 僕に話した事を

大きくなった僕に話しました。

徳山病院の病室で じいさんは言いました。

ノブちゃん じいちゃんは

この次 ノブちゃんに会えないかも

知れない 僕は ウンと答えました。

ノブちゃん じいさんはいつまでも

ノブちゃんの事 大好きだから

ノブちゃん 頑張ってくれよ

僕は ウン と言いました。

僕の中の覚えてた夢のような

現実の出来事でした。

じいさんは 死にました。



僕は 久保田を歌う事を

今までも これからもやっていきます。

それは 最後の日が来たとしても

久保田で旅立ちます。

僕が選んだ生き方なので