人に歴史あり?
日本の高度成長期の象徴でもある東京オリンピック年東京港区生まれ、B型。
物心ついてから無二の車好きで、多くのミニカーに囲まれて幼少時代を過ごしました。パイロットであった祖父の車(メルセデス)への接し方と愛情のかけ方にふれるにつれ、車は常に「友」と感じています。小学校ではエンジンバギー、レーシングカーにどっぷりつかり、とにかく速く走らせることと、壊れないようにすることに情熱を燃やしました。18歳になるのと同時に普通免許を取得しました。が、欲しかったのはジャーマンチューンドカーですが、買えるはずが無く、念願かなって手に入れたはじめの車は国産のターボ車でした。さまざまに手を入れ『欧州車っぽく』していました。とてもマイナーな車種をいじっていると言うことで数々の雑誌に掲載されました。派手にはせず、市販されていないものは各部を完全オリジナルスペック(設計)で製作しました。エンジンも効率アップと補器類のみの強化でノーマルの60%以上の馬力を出しながら燃費も向上しかつ壊れないという「工学的根拠に基づいた効率アップによるチューニング」を実践し、このことは現在のUltimate Benz Techのポリシーにもなっています。「パワー追求のみの姿勢ではなく、トラブルフリーで緊急の遠出でも不安を微塵も感じさせない実用車としての存在の上にバランスのよいパフォーマンスが立つべきである」です。
私が20歳のときでした。大学生で、バイトに明け暮れていました。
別れと出会い
そんな惚れ込んだ車とも別れる日が来ました。強いコネクションがあり、R32GTRが都内で7番目に納車されたのです。外装は後にデビューするNismo用エアロパーツ装着のみ。インテリアから足回りまで完全ワンオフ製作し、ホイルは大好きなOZレーシング「pegaso」の日本市場向けサイズ測定車両/装着第1号車になりました。エンジン関係はタービンはそのままに高効率インタークーラー、アルミ吸気配管、オイルクーラー、フロントパイプおよびステンレスマフラー(触媒付)でブースト0.9時390PS以上を実現しました。両車ともチューン後7年間全くノートラブルでした。
ベンツに戻る?
この経験と情熱はそのままに、95年、1992年式500SLを購入。『ベンツとの再会』です。やっとかなった夢に本当に嬉しかったのを昨日のように覚えています。なんともいえない暖かさと頑固さに感動しましたし、それは今でも続いています。その後ご多聞にもれず車両トラブルや困難なメンテナンスなどに遭遇し、いままでの国産車と違う、輸入車独特のメンテナンス・チューニング業界の洗礼を受けました。この経験から、あくまで趣味の世界だった自動車との付き合いから、私自身の厳しい選択眼にかなった確かな技術と知識、そしてなにより誠実さをもった同志(メカニックたち)のみと組み、ユーザーだったことを常に忘れずにユーザーサイドにのっとった営業方針をモットーとしたUltimate Benz Techを設立するに至りました。
車ばか?
こんな車馬鹿の私ですから、私はお客様からお預かりする車が1台1台可愛くて仕方ありません。私の大好きな犬のようです。たとえば元気が無くなった車、壊れてしまった車、順番を待っている車たちをみるのがかわいそうなのです。『早く元気にしてあげるからちょっと待っててね』と感情移入してしまいます。チューニングされた車や修理が終わって去っていく車に対しては無事に作業が完了した安心感とともに、すこし寂しく思うときもあります。納車の前には1台1台、私が『元気でがんばれよ!』との思いを込めて。洗車してお渡ししています。(もちろんそれがイヤであれば言ってください。笑)
獣医さんも同じようにおもうのでしょうか?
UBTの代表の私はこんな男です。お車にもし不満や不安を抱えたときは安心してお任せいただければと思います。お客様の対応やご相談は私が責任もって対応させていただきます。
Ultimate Benz Tech をどうぞよろしくおねがいいたします。