■6月26日(木)
昼ごろ、母親から連絡が。
「おばあちゃんが危ないらしい」
とは言っても、すぐには帰省できず。
週末に帰ると、母には言った。
おばあちゃんは父方の祖母で、うちの父は長男。
なので、祖母はわたしの両親といっしょに暮らしている。
歳は91。
ボケてはいないが、年寄り特有のわがままさがあり、母は苦労していたようだ。
父は祖母を嫌っていた。そうなった過程について、よくは知らない。
わたしも小さいころは、よく祖母の部屋で遊んでいた。
そのころは祖父(すでに他界)もおり、その部屋で水戸黄門を見ている時間が好きだった。
わたしの時代劇好きのルーツは、その部屋なんだよね。
そういえば、わたしが小さいころから、おばあちゃんは、おばあちゃんだったよなぁ。
夜中に母からメールが。
「おばあちゃんが亡くなりました」
■6月27日(金)
わたしにとって、「しばらく会っていない」ということと、「亡くなってしまう」ということって、限りなく近い。
仮に、忘れかけていた中学時代の友人が亡くなっても、悲しみは襲ってこないだろう。
それは単に、自分が人の死に慣れていないのか、都会暮らしで感覚が麻痺してしまったのかは分からないが。
ただ言えることは、いまの自分の生活は、故郷で両親や祖父母と暮らしていたものとは全く異なっているということだ。
あのころの暮らしは、過去や思い出として、心の中にしまわれている。
祖母の死も、「昨日、飛行機が落ちました」のような、ニュースとしての受け止め方しかできなかった。
客観的に見ている自分。
朝、職場へ。
月末なので、稼動や旅費申請などの手続きをしないといけなくて、休めなかった。
やることだけやって、さっさと帰宅。
母に聞いたところ、通夜は土曜日の夜。
実は、土曜日の午前中にミッキーさんのリハがあって、それを休むかどうか悩んだ。
発表会よりも人の死のほうが、当然ながら、はるかに重みがあるのは重々承知だが。
1回目のリハということもあり、みんなに迷惑をかけたくなかった。
自分なりにいろいろと考えた末の結論なので、後悔はしていません。
■6月28日(土)
午前中はミッキーさんのリハ。
自己満足かもしれないが、行っといてよかった。
リハ終了後、新幹線、私鉄特急を乗り継ぎ、夕方に故郷へ到着。
お通夜の時間ギリギリだったので、駅から直接、葬儀会場へ。
(実家で葬儀をすると準備が大変とかで、葬式は近所の葬儀ホールで行った)
葬儀会場で礼服に着替え、通夜に参列。
久しぶりに会う親戚が多かった。さすがに、みなさん、老けてましたね。
祭壇には、ばあちゃんの写真が。
自分の知ってる顔よりも、けっこう老けてた。
祭壇の前には、当然ながら、棺桶が。
棺桶の中には、当然ながら。
朝、ダンス踊ってて、長時間電車に揺られて、いきなり死者の顔は拝めなかった。
人の死を受け入れるには、時間がかかるものだ。
父は長男。で、自分も長男。
ということで、なんか、葬儀では、自分はけっこう偉いポジションらしい。
通夜の席は最前列。
仕事が多くて、けっこう疲れました。
お通夜終了後、実家へ帰る。
朝のレッスンの疲れ、長旅の疲れ、葬儀の疲れ。
そんなのが相まって、横になったらすぐに寝てしまった。
■6月29日(日)
朝から雨。
自分の記憶をたどると、葬儀の日って、ほとんど雨だった気がする。
葬儀会場へ移動。
神道なので、お坊さんではなく、神主さんが行う。
まあ、仏教でも神道でも、お経は何を言ってるのかよう分からんが。
前述しましたが、自分はこの葬儀ではけっこう偉いポジションにいるらしく。
どうやら、霊柩車に乗れ、と。
えーーーーー。。。。。
祖母の写真を持ち、霊柩車の後部座席へ。
霊柩車の後部座席って、席は1つしかないのね。
ちなみに、他の席は、棺桶用のスペースになっております。
なので、わたしの隣は、棺桶。
チーン。
よく、「霊柩車を見たら親指を隠せ」とか言われたけど。
霊柩車に乗ってるもんとしたら、ふざけた話だよね。
見られるたんびに親指隠されてるかと思うと、なんだか変な気分だ。
火葬場へ。
さすがに、91歳の大往生だけあって、泣いてるひとはほとんどいなかった。
わたしは妹を亡くしてて、そのときはみんな泣いてたなぁ。
いつも怖い父親も、いつも優しい母親も、まだ生きてた祖母も、親戚も、そして自分も。
誰も泣かせたくないから、自分もけっこう年とってから死にたいねぇ。
火葬するのに時間がかかるとかで。
その間、妹と朝マック。仲良し兄妹です。
(この妹は、ふたりめね。幽霊じゃないよ)
2時間ほどたった後、焼き場へ戻る。
真っ白いものがいっぱいあった。骨だ。
焼き上がった、真っ白い骨を見つめる。
生きるとか、死とか、人生とか。
そんなことを考えられる、数少ない機会。
父も、母も、自分も。
いつしか、この真っ白い焼けカスになるのかと思うと、ツライ、悲しい、切ない、恐ろしい、、諸行無常。
葬儀会場へ戻り、お葬式。
その後は墓へ行き、埋葬。
長い一日が終わったのは、夜の7時ごろか。
この日も、横になったらすぐに寝てしまった。
■6月30日(月)
朝、7時半に起きる。
わたしの実家は田舎なもので、葬儀についてのローカルルールが数多い。
そのひとつが、「葬儀後、1ヶ月間は、毎朝墓参りする」だ。
そんなわけで、朝8時に墓参りしてきました。
この日は朝から神主さんが家に来て、読経。
なんか、お経の冊子を配られた。
全員で読むらしい。。。
午後は山の上にある寺へ。
田舎なので、儀式が多くて大変です。。。
夕飯はうなぎ。
うまかった~。
■7月1日(火)
まさか、今年の7月を実家でむかえようとは。。。
この日も朝8時に墓参り。
午前中は、祖母の部屋のかたずけ。
まずは、ふるぼけたベッドをドライバーで解体する。
のだが。
本来、解体することなんて考えて作られてないから、ネジが硬い硬い‥‥
次に、タンスや押入れを整理。
言い方は悪いが、簡単に言うと、金目の物だけを残して捨てていく作業。
そのひとの持ち物の価値なんて、本人にしか分からないからね。
ほかのひとに捨てられるなんて、いやぁねぇ。
死ぬって、いやぁねぇ。
ベッドやタンスを運び出すと、ガランとした6畳間ができあがった。
親戚一同も月曜日には帰ってしまっていたので、家全体もガランとしていて。
部屋を抜きぬける風が、とても物悲しかった。
午後は妹と買出し。
昼食はレストランでステーキ丼。
帰りに赤福氷。
仲良し兄妹です
■7月2日(水)
朝、目が覚めると、違和感が。
う、、腕があがらん。。。
右肩が原因不明の痛みで、動かない。
ばあちゃんの荷物、捨てすぎたか~。。。。。
ばあちゃん、ごめんなさい!!。。。。。
って、よく考えたら、ベッドの解体で変な筋肉使いすぎたからね。。
疑ってゴメン!!
この日も朝8時から墓参り。
こんなこと、1ヶ月も続けてたら、寿命が縮むわっ!!
午後に東京へ戻り。
次の儀式は50日祭。
また、8月の頭に帰省します。
ばあちゃん、安らかに眠ってください。