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何ものでもない自分を生きる。
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今日のメッセージはこれです。
毎回、このブログにご縁のある方を対象に、
チャネリングメッセージを下ろしています。
本日もお読みいただき、ありがとうございます。
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毎回、このブログを書くために、
チャネリングメッセージを下ろしているのですが、
時々、え?どういうことですか?と
下ろしたこちらが、一瞬不安になり、
二度聞きしなくてはいけないようなことを
言われるので、本当に困ります。
先日は、自分は何者であるかを思い出すと
言われたのに。
どういうことですか?と尋ねたところ、
こういうことだそうです。
では、ここからが本題です。
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多くの人は社会的な自分の部分がほとんどなので、
自分が何者であるかを表すために、
社会的な役割に依存をしています。
それは例えば、家族の中であれば、お母さんとか、
職業であれば、看護師とか、そういった具合に、
社会での役割が、その人を表すほとんどになっていて、
自分のアイデンティティの一部になっていて、
その役割の理想を追求するのが、人生になっていて、
本来の自分という部分がほとんどないということです。
なるほど、なるほど。
その社会の求める理想は、
いつも誰かの基準や理想、期待によって作られていて、
その自分を基準として生きていると、自分を見失う、
自分が何者かわからなくなるということです。
また、その他者による理想を追求しようとするとき、
自分の本質や、理想とはかけ離れていることが多々あるために、
虚しさや、無力感を招きやすいということです。
なるほど、なるほど。
確かに、これは、
本当についついやってしまうものですね。
私も最初は家族の期待に応え、
家族が安心をしてくれる存在や、職業に就こうと、
大企業を選び、OLとして生活を始めました。
しかし、この生活が始まるや否や、
3日ほどで、なんとも言えない虚しさに襲われ、
仕事帰りの本屋で、自分探しのために、
色々な本を探しては、読んでいた記憶があります。
そしてその後は、長い時間をかけてうつに苦しみます。
今、振り返れば、あれはうつではなくて、
完全なスピリチャルエマージェンシーだったのだと思います。
その後は、縁があり、看護師になり、
看護師として就職をするのですが、
これが世の中の理想通りの存在になろうと、
努力をするも、色々なことに疑問や不満が湧いてきて、
なぜ、他の人たちはそんなに従順になれるのか、
疑問の中にいました。
そのおかげで、今は自分の道を見つけ、
こうしてブログを書いているのですが、
社会の理想に照らし合わせたら、
私の存在は完全に落伍者です。
もちろん、それらの道に喜びを見出し、
勤められる方も多くいるので、
これは本当に人それぞれです。
どの生き方がいい。どの役割がいいかではなく、
どうあるか、何を大切に生きていきたいか。
それだけなのだと思います。
つまり役割を超えたところに自分がある。
逆に、
役割の元に自分があるとも言えるかもしれません。
これは、
小さな頃に教えられることなく来ているので、
わからなくても仕方がありません。
それでも、
これからの地球でしあわせに生きて行くには、
絶対的な基本になると思います。
自分がどうありたいか。
そこに全ての答えがあるのだと思います。
