その日、自分はいつも通り
自転車を漕いで学校へ向かっていた。

私の高校は、自宅から離れた距離にある為
天気の良い日は自転車と徒歩
悪い日は電車やバスなどの交通機関を乗り継がなければ
辿り着けない少々辺鄙なところに存在している。

更に、険しい岳の上ということもあり
冬場はともかく夏場は
到着直後、滝のような汗が滴り落ちる現象が
そこらじゅうに見て取れるらしい。

課外授業から始まり
昼休みを途中に挿んで、HRが終わるのが16時頃。
典型的な公立高校の例である。

無論例外もあり
試験期間中や進路が決定した者は
変則な時間割に従い、午前中オンリー或いは午後オンリー
というのも珍しくない。

・・・私は昨年の秋に編入した2年生。

この学校の制服にもようやく馴染んできた。
両親の仕事の関係上、在学中の転居は否めない。

慣れた頃に、その場を離れるという事が
自分の家庭にはありふれているから
【暗黙の了解】として自分自身は、割り切っている。

当初は、この暮らしにも違和感を抱きつつも過ごすのが
日常茶飯事だったが、これもまた慣れである。

だけど、いつになっても慣れないのが
それぞれの土地の習慣であり、言葉・・・
こればっかりは、いかんともしがたい手強い難敵だ。

色々な方言が点在している為
時として、全く異なる意味合いの単語が飛び交う。
その話は長くなるので追々ということで。


今日は、梅雨の時期に垣間見える快晴。

「いってきまーす」

ガレージから自転車を引っ張り出し
意気揚々とペダルを漕ぐ。
ビュンビュン風を切って進むのが、実に気持ち良い。

交差点にある信号さえ引っ掛からなければ
怖いものなしも同然・・・そのつもりだった。
途中まではいつもと変わらず順調。
ところが、何かが違う。

私はその時、まだ気付かなかった・・・
いつもと違う異変に。


それにしてもこの地域は坂が多い、結構急勾配の。
見晴らしは良いが、見通しの悪い所も
多々ある故に毎回気を付けている。

休みの日には一応点検してメンテナンスもやっている。
特に、異常は見受けられなかった。

なんだかやけに軽いボディ。
そのせいか、スピードも出ているような。
ギアの切り替え、ブレーキの効きは
いつもに比べれば格段に違う。
ハンドリングも滑らかで、快調そのものだった。

起伏の激しい傾斜を乗り越えると、そこに校舎が顔を出す。
忽然と姿を現す様は
蜃気楼の奥に見える幻にも似た感覚である。
だけど、ここからがしんどい。
見えているのにも関わらず地味に遠い為
実際の距離は、もっと近いんじゃないかと錯覚してしまう。

そんなこんなで辿り着いた先に
待ち構えるのが、抜き打ちの手荷物検査&頭髪検査。
(やるなら毎日やってくれっつぅの)
・・・疚しい気持ちなんて、微塵も無いから。





しかし、今日は何だろう。
いつもと違う胸騒ぎがする・・・
一抹の不安を抱えながら自分の席に着く。

そこに、担任が神妙な面持ちで教室に入ってきた。
溜め息混じりにこう言った。
『皆に辛く哀しい知らせがある、少し黙って聞いてくれ』

数分間だったが、その時間は無限にも等しく
何よりも虚しく部屋中に響き渡った。

『この学年の生徒が一人、今朝この世を去った・・・』

そこはかとなく重苦しい空気に包まれた。
担任の一言に教室は波を打ったかのように静まり返った。
直前までこの事を話すかどうか迷ったらしい。

姓名は伏せられたが
クラスの全員は察したかの如く
俯いて顔を覆っていた。

この日の授業が終わると、一目散に帰宅する一同。
どうやら部活動は数日間無いらしい。

往路とは異なり、復路は途轍もなく険しい。


そして、帰り着くやいなや
異様な光景の我が家を目の当たりにする。

「おかえり」どころか「ただいま」も
口に出来ぬ惨状・・・



なぜならば亡くなったのが他の誰であろう、私だったのだ。


リビングに横たわる、喪に服す自分・・・
行きがけの道、やけに軽いと思ってた感覚は
通行車両に撥ねられ宙へ浮いた、その軽さという訳か。

次の瞬間、一瞬だけ身体が重たくなった。

この世に未練は無いか?
という神の啓示かもしれない。

無いと言ったら嘘になるが、有ると言ってしまえば
成仏出来そうにない。
暫くの間、実状を受け入れられないかもしれないけれど
現世を彷徨っていられるのも今のうち。


「ありがとう、皆」


迎えの天使が降りてきた。
目映い程の光に包まれ、冥界へ運ばれる自分。
自身を見下ろし、我ながらよくやった!
・・・と微笑んでいるのが見える。



新たな旅が始まる。