こんばんは!
いつもブログを読んでくれて、ありがとー。
仕事というチョー大義名分を言い訳に、4日間もブログを休んでしまった!!
もうしわけない。
では、深夜ということもあり、早速内容に入ろう。
志、あるいは使命感が、覚悟を決めるにあたって、あるいはより充実した人生を送るにあたって、金欲や物欲あるいは色慾に比べ、そーとーにパワフルだってことは、もう耳タコだよね。
だと思うんで、説教くさいブログを離れて、再び自らのエピソードを語ろう。
小説家という妄想を追いかけ、バブルの波に乗っかって何の苦労もなく大手企業に入った、チョーいい加減な私が、いかにして使命感を軸に人生を歩むようになったか。
最初は小さなきっかけだった。
「え、これってもしかして自分の使命?」
「え、オレみたいな人間も使命なんて持っていいの?」
「使命感に生きるなんて、それこそ選ばれた特別な人間だけに許されてんじゃないの」
たまたま経営コンサルという仕事柄、企業の社長や幹部から、経営理念や志、使命について聞く機会は多かった。
そして気づいたことがある。
使命に生きている人は、ブレないなってことに。
ブレないって、どういうこと?
以前の私を含め多くの人が、ブレないってことを誤解していると思う。
私が使命感を持って生きる人と触れ合うようになって分かったことは、
ブレないとは、言動や判断軸など、そういうものを変えないってことじゃないんだ。
すんごいワガママな社長さんがいらっしゃって、もう発言なんかコロコロ変わる。
掌返したように変わって、あんまり掌返すもんだから、お互いもうどっちが掌かさえわかんなくなっちゃう。
でも、その人に掌返されて、ゼンゼン不愉快じゃないんだよね。
それは、単にクライアント様だからってことじゃない。
その人は“目的”が一切変わらないんだ。
話していると必ず行き着くところがある。
コンサルタントとして私がどんな問題提起しようが、行き着くところはいつも同じだ。
「職人としての人生が終わっても、そこから企業人としての人生が始まる」
その社長は言う。
「にもかかわらず、職人の世界っていうのは、職人として終わっちゃうと、もうその業界で働けなくなっちゃう。そうして縁もゆかりもない、ちっともやりたいと思えない仕事をしながら、その後の長い人生を過ごす。そんなのはおかしい」
なぜそうなってしまうか?
「企業人である前に、職人だからだ。だから自分はこの会社で、職人である前に企業人として人を育てるんだ」
う~ん、全くしびれてしまう。
話をもどすと、やり方なんかイロイロだし、ドラッカーに言わせれば「企業は環境適応業」なんだから、言動や方針が変わるのは、大いにありうる話だ。
逆に、ブレないだかなんだか知らないけど、旧来の出版のやり方にこだわって、電子版化に乗り遅れて、経営危機に陥った有名な百科事典の出版社、あるよね。
デジタル化の波を十分に認識しながら、フィルムにこだわって、自らを窮地に追い込んだ、超大手企業、あるよね。
こういうの、ブレないっていうの?
じゃなくて、頑固なだけじゃない?
出版社の目的、フィルム会社の目的、それって何?
こだわるのは、形や言動や方針など、表面的なことじゃなく、
“何のために”っていう目的なんだよね。
その目的が、言葉を変えると“使命”と呼ばれたりする。
という感じで、他にも旅行社や医療機器メーカーやエネルギー関連企業や、多くの経営陣から様々な使命を聞かされ、
「使命に生きる人って、輝いてるなぁ」
と、思うようになっていった。
そして、“使命”という言葉が自分の脳裏に着かず離れずしているうちに、
「アレ?これ、自分の使命?」って思えるような概念が、自分の胸に沸き起こったんだ。
それじゃあ結局、やすにいさんはコンサルやってたから使命に気づけたんで、そうじゃない人にとっては無理ってことじゃん!
いやいや、違う。
ここが重要だから、よく聞いてくれ。
まず、「使命を持って生きている人って、輝いてるなあ」から始まり、
次に、「自分もそうなれないかなあ」と思い、
でも、「やっぱり自分には縁のないことだな」と半分あきらめ、
ただ、「いや、そんなことない。自分が使命を持っちゃいけない謂れなんかない」
と、こんな風に、少しずつ少しずつ、同心円を描くように、使命感に近づいて行ったんだ。
そのための方法はひとつ。
嫌でも無理でも何でも、毎日、そしてできるだけしょっちゅう、「自分の使命」について考えることなんだ。
始めのうちは、使命について考える時間を、ちゃんと確保すべきだ。
寝る前5分とか、お昼休みとか、ふろに入りながらとか。
そうしないと、瞬く間に一日は過ぎ去り、「あ、今日も使命について考えずに終わった」ってなってしまうから。
でも、そうこうするうちに、一日の中で、フッと頭が空になったとき、スッと「自分の使命って何かなあ」という言葉が下りてくるようになる。
これは使命に限ったことじゃない。
例えば職場に、好きでも嫌いでも何でもない異性がいるとする。
仮にAさんとしよう。
そしたら、毎日時間を決めて、そのAさんのことを真剣に考えるようにする。
別に好きとか嫌いとかじゃなくていい。
どんな性格なんだろうか、とか。家では何をやってるんだろう、とか。
小さいときはどんな子供だったんだろうか、とか。
何でもいいから、今までどーでもいいと思ってた人のことを、毎日時間を作って真剣に考えるようにしてごらん。
遠からず心に変化が生じる。
「あれ、今なんでアイツのことなんか思い出したんだろう?」って。
何でも何も、人の心はそーいう仕組みだからだ。
ここに重大な法則をお知らせしよう。
「あらゆる関係性は相互に影響し合う」
気になっている人のことを、ついつい考えてしまう。
コレ、当たり前。
でも逆もある。
(たとえ強制的にでも)考えている人のことが気になってしまう。
おかしいから笑う。
コレ、当たり前。
でも、無理にでもワッハハわっはは笑い続けてごらん。
おかしくって仕方なくなってくるから。
この法則を活用すれば、誰もが意識せずに使命について日々考えるようになる。
そうして、やがてそういう人のところに、使命は降りてくる。
今日のブログは重要だぞ。
読んだその日から始めれば、半年後~一年後くらいには、大きく人生が変わり始めている。そーいう可能性が高い。
ただ、ひとつ言っておこう。
金欲・物欲・色慾が多い人、我慢しないほうがいい。
我慢していると、我慢していることに意識が向いて、使命に気づきにくくなってしまう。
くれぐれも、使命感を持って生きるとは、聖人君子になることとは違う。
私のような、小欲にまみれた人間が、その人間性はそのままに、人生がちょーパワフルに充実するってことなんだ。
え、じゃあ欲にまみれたままでも使命を果たせるのかって?
そんなの知らない。
だって、未体験ゾーンだもん。
このブログには、体験していないことは一切主張していない。
気になるなら、これから一緒に体験してみよう!!
では今日はここまで。
次回もお楽しみに!
byやすにいさん