【映画】『さや侍』 | 『e視点』―いともたやすく行われるえげつない書評―

【映画】『さや侍』

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野見隆明,熊田聖亜,竹原和生,伊武雅刀,國村隼,松本人志

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★★★★☆

あらすじ


あることがきっかけで自ら侍として戦うことを拒絶し、刀を捨てた野見勘十郎。
そんな父を軽蔑し反発する娘たえ。
二人は行くあてもない旅を続けていたが、無断で脱藩した罪で勘十郎は捕らわれる。
彼を捕えた藩の殿様は相当な変わり者で、勘十郎は“30日の業”に処されるが、それに成功すると無罪放免になるという…。
鞘しか持たない侍と娘の命を懸けた戦いの幕が上がる!

感想

松本人志の映画って、毎度「全然おもしろくない」「海外ウケ狙いすぎ」という散々たる評判がつきまとい、ちょっと見るのを躊躇してしまう映画だ。
とは言え、見たら見たで面白いのも毎度のことで、特に初監督作品の「大日本人」は、個人的に大好きで大爆笑したもんだ。(「あんなもん映画じゃない!」という意見も否定はできませんが。)

本作「さや侍」も、公開当時から酷評ばかりを耳にしたもんだが、やっぱり気になって見ることにした。

で、結論から言うと、相変わらず「映画」という軸で見るとヒドい出来であることは否めないけれども、やっぱり誰もが「天才」と認めた才能は枯れてはいないし、圧倒的に素晴らしいシーンのおかげで、松本作品では初の泣ける映画だった。

やっぱり今回も面白いじゃないか!

$e視点-さや侍


というわけで、個人的には非常に楽しめた「さや侍」だったが、映画として見た場合に明らかにダメな点が多いのも事実。

特に、前2作に比べると、本作は松本人志が監督業に徹したことと、裏技的なぶっ飛んだ演出が無いことにより、パッと見で「映画っぽい」映画に仕上がっている。
その結果、映画監督のキャリアの浅さによる下手さが目立っている気がした。
娘や板尾のセリフが説明くさく、全体的に物語が気持ちよく進行していかない印象。
まあ、あのラストシーンを知った今となっては、あの瞬間への振りと好意的に捉えることができるくどさではあるけれど。

突っ込みどころも満載。
細かいところだと「連続してフスマを破る芸が若君の位置から見えないじゃん!」とか、「板尾たち、そして町民たちが野見さんを応援し始める理由がピンと来ない」とか、「3人組の殺し屋、必要ある?」とか。
個人的なとこだと「30日の業で一番おもしろいのが一発目のネタなこと」とか。
大きいところだと、「30日の業の中で野見さんは成長していってるように見えるけど、どのネタもやらされてるだけ」とか、そもそも「なぜさや侍になったのかの説明がほとんど無い」とか。
そもそも、娘を置きざりに追手から逃げてたような男が(まあ、あの辺は完全なギャグパートなので、こんな事言うのも野暮だけど)娘のために生き様を見せる決断をするという劇的に変化するための「きっかけ」だって、説得力があるかというと、、、微妙なところだ。

まあ、そんなわけで話も微妙で演出も微妙で、映画としての出来は決して良いものではない。
そもそも、「30日の業」とう本作の大部分を占める部分は、「若君を笑わせることができないような、つまらない芸」を見せるパート。
面白い芸を見せると物語が成立しないため、つまらないものを延々と見せ続けるという、あまりに「シュール」な物語なのだ。


しかし、映画の雰囲気がガラリと変化する最後の数分間は、それまでの1時間数十分のダメな部分を全てフォローできてしまうほどに素晴らしかった。

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「さや侍」の素晴らしいシーンは2つ。

1つは、野見さんが刀をさやに収めるシーン
先述のとおり、本作ではなぜ野見さんが「さや侍」になったのかが納得いくかたちでは説明されていない。(一応、奥さんが死んだからという説明はあるが、それで「さや」だけを持ち歩くようになるってよくわからん。。。)
でも、このシーンを見て納得。
「このシーン」が撮りたかったから、「さや侍」だったんだ!
全てこのシーンあり気で作られた物語ということが理解できたことで、個人的にはすごく納得のいく物語だと思えたし、物語をまとめるだけの説得力を持った「画」を見せてもらえたと思う。
(急に感動方向へシフトする物語の変化も、このシーンへの収束としては納得のシナリオだ。)


そんなわけで、「さや侍」のオチとして、このシーンだけでも納得も満足もできる充分なオチだったんだけど、本作はさらに展開があって、真のオチとも言うべき「竹原ピストルの歌」のシーンが本当にたまらない!

死の前に野見さんから手紙を受け取った虚無僧(竹原ピストル)が手紙を朗読し始め、朗読から歌へと切り替わっていく演出は、決してかっこいいとは言えない、むしろダサい演出なんだけど、間違いなく「魂の叫び」そのもので、溢れる「父としての想い」に、涙は止まらないし、鳥肌は立ちまくりだった。

良い歌詞だし、良いメロディーだし、良い声だし。そして、良い顔して歌うなー、この人。
正直、めちゃめちゃ「娘」が欲しくなったじゃねーか!

※この「歌」のシーンはYouTubeにも上がっているので、ここにリンクを貼ろうかなとも思ったけれど、前振り(映画本編)を見ずに「歌」だけを見るのはもったいないと思うので、やっぱ貼るのはやめにした。
YouTubeは見ずに、「さや侍」を見なさい!!!



これほどまでに不自然に流れるテーマソングは、これまでのどんな映画でも見たことがない。
だけど、この不協和音にも近い違和感だらけの叫びこそが、映画監督には作れない松本人志の映画ってことなんだろう。


e視点-さや侍


というわけで、非常にダメダメな部分が多い映画だし、納得いかないところや突っ込もどころも多い本作。
しかし、「さや侍が刀をさやに収めるシーン」「竹原ピストルの歌」の強引な二段落ちで、すごくいい映画を見た気分でエンドロールを迎えていた。
「画」の力と「音楽」の力。
映画としての作りは粗いながらも、映画として必要な要素の使い所は、実はすごく的確なんじゃないかとすら思えた作品だった。

やっぱり、松本人志という人物は、少なくとも僕にとっては相も変わらず天才で、彼の生み出すものはやはり天才的だった。

世間的な噂に振り回されず、次回作こそは映画館で見ようっと。
今日の余談

小学校3年生か4年生の頃に「ごっつええ感じ」が放送開始し、その後、中学高校と「ダウンタウン」がお笑い界の頂点に君臨していた時代を過ごしてきた僕にとって、「面白い」の基準はダウンタウンに寄って作られたと言っても過言じゃない。

かなり酷評されている松本人志の映画を、こうも面白いと思えてしまうのは、そんな世代のせいなのかもしれない。


「ビジュアルバム」や「一人ごっつ」の頃は、もはや何をやっているのかすらわからないほどの高みにいた松本人志。
しかし、「大日本人」から「さや侍」と見てみると、映画として発表している作品は、過剰なまでに「わかりやすく」作られていることに気づく。

「大衆向け」というのはつまりそういうことで、本人からしたら「ビジュアルバム」みたいなことがやりたくてイライラしているかもしれないけれど、このくらいわかりやすく作ってもらわないとついて行けない身としては、この方向で今後もお願いしたいもんだ。

数少ない現存する「天才」に、可能な限りついて行きたいのです。

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なんやかんや言うても、一番好きな松本映画はこれだな。
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天才の天才による天才のための何かしら。正直わけわからんかった。。。
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