【映画】『息もできない』 | 『e視点』―いともたやすく行われるえげつない書評―

【映画】『息もできない』

息もできない [DVD]息もできない [DVD]
ヤン・イクチュン,キム・コッピ,イ・ファン,チョン・マンシク,ユン・スンフン

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★★★★★

あらすじ


二人の時だけ、泣けた。
漢江、その岸辺。引き寄せあう二人の魂に涙が堪えきれない。

偶然の出会い、それは最低最悪の出会い。
でも、そこから運命が動きはじめた……。
「家族」という逃れられないしがらみの中で生きてきた二人。
父への怒りと憎しみを抱いて社会の底辺で生きる男サンフンと、傷ついた心をかくした勝気な女子高生ヨニ。
歳は離れているものの、互いに理由もなく惹かれあった。
ある日、漢江の岸辺で、心を傷だらけにした二人の魂は結びつく。
それは今まで見えなかった明日へのきっかけになるはずだった。
しかし、彼らの思いをよそに運命の歯車が軋みをたてて動きはじめる……。

感想

本当に、素晴らしい映画だ。
と、それだけで感想を終わらせてもいいんじゃなか、ってくらい最高な映画。
「面白い」と表現するのはちょっと違うかもしれないけれど、確実に魂が揺さぶられる映画だ。

僕はこの映画を2回しか観ていないけれど、かなり深いところにまで浸透してしまっているようで、
予告編を見るだけ大号泣してしまう体質に変化させられてしまった。
$e視点-息もできない


さて、「息もできない」は、何がすごいのか?っていう話だが、
ストーリーの紹介文だけを切り出すと、
愛を知らない男と、愛を夢見た女子高生。傷ついた二つの魂が、出会った。
二人でいる時だけ、泣けた。

という感じ。

ここだけを読むととても素晴らしい映画とは思えない。(今となっては、この文章だけで泣けるけど。)
「あー、あれ?ケータイ小説的な?チンピラみたいな男が、女と出会って、真実の愛を知って、みたいな?。で、危ない仕事から手を洗うことを決めて。最後の仕事の時に死んじゃうwwwみたいな?」
なんて、半笑いで言われても、決して否定できない話だったりもするわけで。。

映像だって、全然たいしたことない。
低予算で作られた映画(実際に、監督自身の家の土地を売ってまで金を集めたらしく、潤沢な予算とは程遠い映画)で、当然CGや、特殊な撮影機器などは使われていない。
90年代の映画と言われて紹介されても信じてしまうぐらいの画質だ。


しかし、素晴らしい映画であるためには、そんなの必要ないのだ。

高尚な脚本も用意できない、金もない。
ちゃんとした映画スクールで映画の教育を受けたわけでもない、インデペンデント映画出身の叩き上げの役者だった男が、私財を投げ売って、全人格をむき出しにして作り上げた映画。
ヤン・イクチュンという男が、見てきたもの、感じてきたこと、価値観、考え方の全て、
言わば、一人の男の人生そのものを、世界に向けて叩きつけた映画が、この「息もできない」なのだ。

そんな映画が、心を打たないわけがない!

なんだか、最近この表現を安売りしすぎな気もするけれど、そういう映画に連続で出会ってしまったのだからしょうがない。
生涯ベスト級の映画だ、コレは!
$e視点-息もできない


個人的に、冒頭の10分が面白い映画は間違いないという理論を持っているんだけれど、その理論的にも本作は傑作。
わずか数分の映像の中で、主人公サンフンのキャラクターの紹介をしつつ、この最低の男を好きにさせられてしまう。
愛すべきロクデナシ感の表現が実に素晴らしい。

サンフンという男は、「怒り」や「憎しみ」だけじゃなく、「愛情」や「励まし」なども含めた全ての感情を暴力と暴言でしか表現できない人間
誰よりも伝えたい言葉を持っているはずなのに、「シーバルラマ」しか言えない男。
(シーバルラマ:韓国語が全くわからないので聞こえたまんまで表記。意味もなんとなく。この語感がわかったら、この映画をもっと楽しめるんだろうな~。)
伝えたい感情と、それを伝えられないイライラとがぐちゃぐちゃに混ざったような無言の叫びを発し続けるサンフン。

なんて魅力的なキャラクターなんだ!


対するヒロイン・ヨニもまた、良い!

常に暴力に接しているサンフンに対して、ヨニはかろうじて普通の日常を生きている。
とは言え、それは、いつどこが爆発してもおかしくないほどに危うい日常
というか、実はもうほとんど破綻している日常なんだけど、そのほころびを必至に紡いでいるのがヨニだ。
すべてが決壊してしまう瞬間まで泣いたり叫んだりはしないせず、静かに日常を繋ぎとめようと足掻く少女。
その絶望感は想像もできないくらいだ。

サンフンが抱える闇と比べても、より静かな分だけヨニの闇の方が不穏で、息が詰まる。
もはや、キッチンに立つ彼女を見るだけで(というより、思い出すだけで)、心が掻きむしられるようだ。


もう、この二人の演技が強烈に素晴らしすぎる!
映画(作り物)だと分かっているはずなのに、
↓この瞬間で時間が止まってくれ!と祈らずにはいられない。。。
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さらに、お金がないから映像的にはしょぼいくはあるものの、演出は文句なしに素晴らしい。

個人的に、特に目を見張ったのが2箇所。
「サンフンの家族に起こった悲劇」のシーンと、「ラストシーン」。

これは、どちらのシーンにも言えることなんだけど、記憶がフラッシュバックするシーンの演出が素晴らしすぎる。

基本的に映画全体を通して、極端な寄りの映像と、手持ちカメラっぽい揺れが入る映像が多いため、何をしているのかがよくわからないシーンが多い。
しかし、そこに一瞬ロングショットを差し込むことで、主観(寄り)と客観(ロングショット)が絶妙に混ざった映像に仕上がる。
これって、何かを思い出している時の頭の中の映像にとても近い。
個人差があるのかもしれないけれど、子どもの頃の記憶や鮮烈な記憶というものは、主観と客観が絶妙に入り交じった映像として頭の中に記録されている。
この映画のフラッシュバックの演出は、まさに心の中にある映像を具現化したようだった。


そして、ラストシーンでは、本作での最も悲劇的なシーンを、後日談的な「幸せな時間」の映像の中に入れ込む形で見せている。
あれは、笑って過ごしているけれど、そこにいる誰もの心の中に「あの瞬間」は消えずに残っていて、時々表に出てきそうになるけど、それを心の奥に押し込めて、自分たちの日常を生きているということの表現なのだと思う。

もう!こんな演出ズルすぎて、素晴らしすぎる!
久しぶりに声を出して泣いてしまった。



そういうわけで、長々と感想を書いてしまっているけれど、それも仕方ない。
決して完璧な映画ではないんだけど、欠点を分かった上でなお愛さずにはいられない映画。

サンフンの部下のトレーナーのセンスとか、暴力シーンで殴ってる人と殴られてる人の顔が同時に映ってるシーンがない理由とか、ヨニの弟についても語りたいし、、、
もっともっと語りたい所はあるけれど、黙って見ろ!とも言いたいわけで。。。


というわけで、潔く、最後はこの一言で結ぼう。

韓国映画特有の暴力シーンの「痛さ」や、汚すぎる言葉使いが苦手であれば仕方ないけれど、
そうじゃないのなら、
こんな素晴らしい映画を見ないなんて何考えてんだ、このシーバルラマ!

今日の余談

ヤン・イクチュンが監督・製作・脚本・編集・主演をつとめた本作。
まさに、ヤン・イクチュンが本当に作りたかった映画を作りきった作品なのだろう。
そういう温度を感じる作品だ。

ところで、ハリウッドで売れた映画監督が、「何年も案を温めてきた、本当に作りたかった映画」として発表する映画があるけれど、
ああいうのと、全然違うのはなんでだろう?

ちなみに、ああいうのっていうのは、
リュック・ベッソンの「フィフス・エレメント」であり、タランティーノの「キル・ビル」であり、ザック・スナイダーの「エンジェル ウォーズ」のことだ。

まあ、言っても「フィフス・エレメント」は好きなんですけども。

今日の余談②

最近は、某テレビ局の韓国ゴリ押しが話題になっているけど、
こういうレベルの映画であれば、嫌韓!なんてことにもならないんじゃないだろうか。

お昼の帯番組が終わったところで、「息もできない」→「シークレット・サンシャイン」→「母なる証明」なんてやったら、誰も文句は言えないだろう。
たぶん、その日の夜は眠れんやろうけど。

ま、言っても「KARA」は好きなんですけども。

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