このお話は、

キリスト教をベースにしています。



教会には、



日曜学校

(教会学校と呼ぶところも)


が、あります。



教会に


来る子どもたちが、



礼拝をしたり、



聖書などを学ぶ場です。





‥しかし




教会は、




どこも




高齢化しており、




子どもの数も



減っていて。




日曜学校をしない




教会も増えています。




しかし




私の通う教会の日曜学校は、




細々ながらも




ずっと辞めずに存続中。




息子も




お世話に



なっています。






やんちゃな息子は、




お話の途中に、



しゃべったり、



質問したり、



時には



寝転んだり!




手がつけられません。





ある日、



日曜学校の先生に



「ご迷惑ばっかりですみません」



と、謝りに行きました。




すると


思いがけない


言葉が



返ってきて。




「子どもに


じっとしていなさいって


言うほうが



無理よ。



それよりも



大切なことは、



どんな子も




神様の子として




ここにいていいんだ




と、赦されていることを




感じられることよ」




それをお聞きして、



親の自分が




赦されたような





気がしました。




学校は、



競争社会だし、




よくできる、

力のある子がよしとされる


見えない
ヒエラルキー



の世界のように思えます。



どんな子どもでも


いていいんだ



と、思える場所‥





そんな居場所が、



誰にでもあるといいな






思います。
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セントニコラスに扮した夫