このお話は

キリスト教をベースにしています。

 

 

「心を尽くし、精神を尽し、力を尽し、想いを尽して、

あなたの神である主を愛しなさい、

 

また、隣人を自分のように愛しなさい」(ルカ10:27)

 

 

 

これは

クリスチャンでなくても

聴いたことのある

言葉です。

 

 

 

キリスト教が

愛の宗教と言われる

根拠とも

なる言葉です。

 

 

 

ただ

実のところ

と言う言葉は

ちょっと抽象的。

 

「愛してる」

という言葉を

そんなに日常用語

で使うわけでは

ないし、

 

「大好き」

というときに

比べて

心が動いていない

というか・・・

 

 

 

というのも

愛という言葉が

 

今ほど

使われるように

なったのは

そんなに

昔ではなく。

 

 

私の

両親

(団塊の世代)

でも、

 

まだ

大っぴらに

「愛している」

と言わない

ように思います。

 

 

 

カトリックの神父であり

 

大阪の労働者の街 

釜ヶ崎で働きながら

 

聖書の翻訳を手掛ける

 

本田哲郎神父は、

 

「あなたの主を大切にせよ」

「あなたの隣人を、自分自身のように

大切にせよ」

と訳します。

 

 

「大切にせよ」

のほうが

 

ふっと

 

こころも

あたたかくなり

 

身体も

相手に手を差し伸べるように

 

動きます。

 

 

 

 

 

もともと

「大切にせよ」

 

という訳は、

 

 

 

ポルトガルから

やってきた

宣教師が

 

 

キリシタンの人々に

 

愛(アガベ)

を伝えるために

用いたそうです。

 

 

 

「御大切」(ごたいせつ)

 

 

がその言葉。

 

 

貧しい

農村

漁村に

たくさんいた

と言われる

キリシタン

 

貧しいながらも

お互いを

大切にし

支え合い

生き抜いた

強さの基盤に

 

この「御大切に」

 

という信仰が

あるのだと

思います。