信仰=意味づけと言いました。その信仰は、キリスト教信仰、仏教信仰よりも広い定義だと言いました。

それではこれまでお話した信仰と、キリスト教信仰・仏教信仰は、どのような関わりがあるのでしょうか。

 

ちなみにこれまでお話した信仰は、うまくいかなかったとき「何でこんなことになったんだろう」と問いかけて、自分のことを受けとめられるような答えを見つけることだと言いました。

「何で」と問う時に私たちは、2つのモードになります。

「何であの人は・・・」という批判モード。

「何で私って・・・」という反省モード。

批判モードは、相手・組織・社会へと向けて広く問います。

反省モードは、深く自分の過去・ルーツ・運命へと深く問います。

 

この時、広く・深くの問いをどこへ求めるかは、その人その人によって違います。

その人が、どのような人と出会い、どのような関係を築き、どのような経験をしてきたかに、影響します。

 

たとえばキリスト者は、イエス・キリストを信じる人たちと出会います。そして教会の中で、聖書によって神について学ぶことを通して「神はなぜ自分をこのようにするのだろう」と問う視点を持つようになります。

 

ですので、これまでお話した信仰と、宗教信仰は全く別物ではありません。