はじめに

自己紹介とニュージーランドチームの紹介

福島大学棒高跳オンラインコーチングでコーチをしている木次谷(きじや)といいます。

私は2025年9月に開催された東京世界陸上(2025 Tokyo World Athletics Championships)でニュージーランドチームに帯同し、約3週間にわたり事前合宿と大会期間中のサポートを行うという貴重な体験をしました。
今回は、その体験について報告いたします。

2025年東京世界陸上には、ニュージーランドチームはわずか14名の選手団で参加しましたが、

・男子3000 m障害:金メダル🥇
・男子走高跳:金メダル🥇
・女子砲丸投:銅メダル🥉
・男子砲丸投:第4位
・女子やり投:第7位
・女子棒高跳:第8位

という結果を残し、メダル獲得数では世界第5位という素晴らしい成績を収めました。
もちろん、メダルを26個も獲得した陸上王国アメリカには敵いませんが、小規模国であるニュージーランドが14名という少人数でこの結果を出せたのは本当にすごいことだと思います。

このような小規模国がどのようにして世界選手権のために準備しているのか、そしてその強さの秘密はどこにあるのか、その点に強い興味を持ちました。

日本人が日本以外の国の世界陸上代表チームの内部に入り、選手やコーチたちとともに活動するという経験は、普通ではなかなかできることではありません。

今回は、その様子について簡単に報告したいと思います。

※なお私はニュージーランドチームのサポートだけでなく、チェコ共和国チームの事前合宿のサポートもさせていただきました。
チェコチームのコーチたちからも多くのことを教わり、男子走高跳のヤン・ステフェラ選手が銅メダルを獲得するなど、とても貴重な経験になりました。チェコ代表チームのお話しもあります

なぜ私はニュージーランドチームのサポートをすることになったのか

私は福島県で棒高跳のコーチをしています。
これまで、棒高跳のコーチングを学ぶために、アメリカ、ドイツ、チェコ、ポーランド、ニュージーランドなどを訪問し、研修を受けたり、各国のコーチたちと情報交換をしたりしてきました。

今年(2025年)3月にも、ニュージーランドの棒高跳の強さを探るため、現地を訪問しました。
ニュージーランドには、リオデジャネイロオリンピック女子棒高跳で19歳ながら銅メダル🥉に輝いたエライザ・マッカートニー選手や、2025年ロンドンダイヤモンドリーグで優勝したオリビア・マクタガート選手がいます。
さらに、昨年のパリオリンピック(2024年)では、この二人に加えイモジェン・アイリス選手も出場し、3名全員が決勝に進出しました。棒高跳界において、ニュージーランドは今まさに注目の国のひとつです。

2025年3月のニュージーランド訪問では、現地のコーチたちに大変良くしていただき、たくさんの時間を割いて指導していただきました。とても有意義な研修でした(この研修については、別の記事で報告します)。

3月にニュージーランドを訪問した際、私は軽い気持ちで「今年は日本で世界陸上があるので、もし何かあったら連絡してくださいね」と現地のコーチに話していました。

帰国後、私はその事を忘れていたのですが、4月に入ってからニュージーランド陸連から連絡があり、「今年の世界陸上の事前合宿や大会期間中に、ニュージーランドチームを手伝ってもらえないか」という正式な依頼を受けました。

私は「単に世界陸上のお手伝いをするということではなく、ニュージーランド陸上競技の強さの秘密や、ニュージーランド陸連の組織体制、選手やコーチの育成システム、トップアスリートの最重要大会前のコンディショニング方法、サポート体制などを調査したい。そのため、もしニュージーランド陸連が調査への協力を承諾してくれるなら、ぜひお手伝いをさせてほしい」とお伝えしました。
結果としてこの私の要望に対してニュージーランド陸連から正式な同意を得ることができ、今回のサポートが実現することになりました。

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ニュージーランド陸連から支給された
代表チームのウェア・シューズ一式

 

世界陸上が始まるまでの準備や手続きについて

ニュージーランドチームのサポートが決まってから、実際に合宿が始まるまでの準備期間は想像以上に大変でした。
ニュージーランド陸連からは次々と要望や問い合わせがあり、それにひとつずつ対応していきました。

たとえば、

・事前合宿中に使用できるプールの手配
・ポールを積載できるレンタカーの手配
・ポールの運搬方法の検討
・順天堂大学以外の競技場情報の収集
・食事にアレルギーがある人のための食材探し
・世界陸上期間中の予備ウェイト場の確保
・治療機器を貸してくれる施設の探索 などです。

これらの準備の中で、特に印象的だったことがあります。

それはニュージーランド陸連から「世界陸上の際、あなたをチームの正式な一員として登録したい。その手続きの一環として、World Athletics(世界陸連)のSafeguarding研修を受講し、証明書を提出してほしい」と要請されたことです。

Safeguarding(セーフガーディング)とは、陸上競技に関わる選手やスタッフを虐待・ハラスメント・搾取などから守るために世界陸連が設けている制度・研修プログラムです。

Safeguarding | Athletics for a Better World | World AthleticsSafeguardingworldathletics.org

ニュージーランド陸連では、世界陸上などの代表チームのコーチやスタッフにこの研修を義務づけており、合格証の提出が求められます。
また、これは代表クラスに限らず、地域クラブの指導者にも必要な資格で、これがなければ指導者として活動できません。

私は日本陸連の公認コーチ資格も持っていますが、恥ずかしながらこのとき初めて「Safeguarding」という言葉を知りました。
というのも少なくとも私が資格を取得した当時の研修には「Safeguarding」ような内容は含まれていなかったからです。

ニュージーランド陸連の要請に応じ、英語でのオンライン研修を受講し、無事に合格証を提出することができました。

この研修は、私自身にとっても非常に意義深いものでした。
日本でも陸上競技のコーチ資格制度は整いつつありますが、全てのコーチ・指導者がコーチ資格を持っているわけではなく、資格取得は義務にはなっていません。「Safeguarding」についてもまだあまり知られていない現状があります。
また、以前よりはだいぶ減りましたが、いまだにスポーツ指導の現場での体罰や不適切な指導についてのニュースを聞くこともあります。
これらを防ぐためには、各競技の効果的なトレーニングや練習方法などの専門的知識を学ぶ以前に(以上に)、この「Safeguarding」の考え方を学ぶことは非常に重要だと感じました。
 

順天堂大学での事前合宿

8月28日(木)事前合宿1日目

いよいよ今日から、2025年東京世界陸上のニュージーランドチームのサポートが始まります。

お昼頃に福島県いわき市を出発し、千葉県へ向かいました。
千葉に到着し、まずは事前合宿の宿泊先であるウィシュトンホテル・ユーカリ(千葉県佐倉市)を下見し、荷物を置いてきました。
ニュージーランドチームとオーストラリアチームはこのホテルに宿泊し、車で30分ほどの場所にある順天堂大学で練習をすることになっています。

この日は、ニュージーランド代表チームのスタッフが18時15分に成田空港に到着予定でした。
28日に来日するのは監督のスコット氏、フィジオのルイーズさん、ベンさん、そしてマネージメント担当のブリアンナさんの4名です。
初対面の方々でしたので、すぐに私を見つけてもらえるように自作のウェルカムボード(出迎えボード)を用意しました。

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ウェルカムボード(出迎えボード)

入国手続きや荷物の受け取りもあり、4名のスタッフが到着ロビーに現れたのは19時過ぎ。
ウェルカムボードのおかげで、すぐに私を見つけてくれました。

空港での挨拶のあと、これまでの準備対応について「本当によくやってくれた」と早速褒めていただきました。
大きな荷物を車にぎゅうぎゅうに積み込み、4人とともにホテルへ向かいました。

ホテルに到着してチェックインを済ませた後、今日はホテルでは食事は準備していないという事をなので、すぐ近くの居酒屋「庄屋」で彼らにとって初めての日本の夕食を取りました。

初めての日本の居酒屋に、4人のニュージーランドスタッフは興味津々で「これは何?」「これはどんな料理?」とたくさん質問してくれました。
焼き鳥・餃子・枝豆などをとても気に入ってくれ、終始にぎやかで楽しい食事でした。

ニュージーランドチームでは、スタッフが仕事を終えたあと、ほぼ毎日ビールを飲みながらミーティングを行うそうです。日本の「飲みながら作戦会議」と同じようで、親近感を覚えました。

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焼き鳥・餃子・枝豆

皆さん本当にフレンドリーで、すぐに打ち解けることができました。

事前合宿1日目はすべて予定通り進み、初日としてはとても良いスタートを切ることができたと思います。

明後日(30日)からは選手たちが来日するため、明日(29日)は順天堂大学や近くの競技場、羽田空港、ホテル周辺の店舗や施設などの下見など、事前準備がたくさんあります。

ニュージーランドのスタッフの皆さんからも「これから素晴らしい合宿になりそうだ」という期待を感じ、私自身もワクワクしながらホテルに戻りました。

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1日目のマネジメントスタッフの作戦会議