ヨーロッパにおける棒高跳の技術モデルやメンターコーチシステムについて

(第7回ヨーロッパ棒高跳・走高跳会議(2016年)概要)

 

2016年ヨーロッパ棒高跳会議では「コーチング」をメインテーマとして、様々な発表(講義・実技)が行われました。

 

始めにアテネオリンピックの金メダリスト(走高跳)であり2m37の自己ベストを持つステファン・ホルムコーチからお話がありました。

競技を始めたきっかけから、ジュニア時代の話、記録が順調に伸びていたころの話、挫折をした時の話、オリンピックで金メダルを取ったころの話など、違う種目ながらとても貴重はお話を聞けました。

 

今回は「コーチング」ということがメインテーマでしたので、棒高跳・走高跳の技術やトレーニングだけにとどまらず、心理学などについての発表もありとても充実したものでした。

 

 その中で面白いなと思ったのは、イギリス陸連の走高跳のコーチが発表した「メンターコーチ・システム」についてです。

 

 「メンターコーチ」というのは、簡単に言うと「コーチのためのコーチ」みたいなものです。

 若いコーチがコーチングの実践の場面で疑問に思ったことや困っていることを相談したり、経験の長いコーチからアドバイスをもらうことで、コーチングのスキルを上げていこうという試みです。

 

 より経験を積んだコーチが比較的若いコーチの相談に乗るという状況はこれまでも一般的に行われてきたことです.

 これをシステムとして整え、コーチを育てていこうという考え方が「メンターコーチ・システム」です。

  コーチの養成システムというと多くの場合「講義」を聞くとか「実技講習会」を受講するということが中心になるのではないかと思います。

 

 このような形態でのコーチ養成システムももちろん意義はありますが、講義をしてくれる方自身が実際にコーチングの経験がそんなに無かったり、「実技講習」の場合でもその教わった内容が自分がコーチングしている対象者に対して合ったものでなかったりすることがあります。

 

 また、コーチングの現場でも情報交換は行われることはありますが、多くの場合ちょっとしたアドバイスであったりして、必ずしもシステマチックに行われているわけではありません。

 

 この「メンター」という英単語は日本語では「師匠」と訳されるることがあります。

 ただ、この「メンターコーチシステム」での「メンター」というのは日本的な「師匠」とはちょっと違います。

 日本的な「師匠と弟子」の関係では上下関係が前提となっており、師匠側のコーチと弟子側のコーチの間ではフラットなディスカッションをすることが難しい場合もあります。

(これは年齢に基づいた日本的な上下関係や、日本のスポーツが主に「学校の部活動」で発達したことなどが関係していると思います)

 

 それに対して、イギリス陸連における「メンターコーチ・システム」では、選手の指導をするのはあくまでもコーチであり、メンターコーチとの関係フラットなものであり上下関係というものではありません(もちろんフラットな関係でも敬意を持ちそのように接します)。


 メンターコーチは、コーチから相談があった場合、その要請に応じて助言を行うことになります。場合によっては、コーチが指導している現場をメンターコーチに観察してもらい、技術的な内容だけでなく、選手との接し方や伝え方などについても助言してもらうこともあります。

(メンターコーチ自身もコーチですので、自分は自分で選手を持っていることもあります)

 

 話は少しずれますが、日本でも「臨床心理士(心理カウンセラー)」の世界では「スーパービジョン」という仕組みがあります.

 

 カウンセラー(臨床心理士)は現場でクライアント(相談者)の相談にのることが仕事ですが、その時点で持っている知識や技能で対応ができないことがあったり、迷ったりすることもあります。

また、カウンセラー自身も人間ですのでうまく相談者と問題解決していくためには、そのカウンセラー自身のメンタルヘルスも重要になって来ます。

 

 そこで、カウンセラーが、より知識や技能の熟達した上級者(カウンセラー)から事例に関して助言や指導を受けたり、相談する仕組みがあります。それがスーパービジョンというものです。(助言をする人はスーパーバイザーと言います)。

 

 イギリス陸連の「メンターコーチ・システム」はこれにとてもよく似ているシステムだと思いました。

こういうシステムが日本にできるといいですね。

 

 

棒高跳では、アメリカのジェフ・ハートウィグコーチからレクチャーと実技指導がありました。

ジェフ・ハートウィグコーチは現役時代6m03のアメリカ記録(当時)を保持していた選手です。

 

 また、スティーブ・リッポンコーチ(フィンランド)からは棒高跳の技術についてのプレゼンテーションがありました。

 スティーブ・リッポンコーチはオーストラリア→イギリス→フィンランドでコーチをしていて、世界の棒高跳の情報についてとても詳しい方です。

 日本にもよくいらしていて、大阪でクリニックをやったこともあります

(→大阪のクリニックの動画が欲しい人は連絡をください)

 

 私もこれまで棒高跳の研修のためにアメリカとヨーロッパを数度訪れて、トレーニングを見たりコーチ達と情報交換をしてきました。それらを総合した感想は、アメリカの棒高跳とヨーロッパの棒高跳はけっこう違うということです。

 

 棒高跳の技術について「ざっくり」というと、アメリカでは国内のコーチ間で技術についての考え方は結構バラバラです。

 それに比較するとヨーロッパでは技術についての考え方はコーチ間である程度共通認識を持っているように見えます。


 もちろんこれはかなり「ざっくり」言っています。

-------------------------------------------

----- アメリカでも最近は少しはコーチ間での共通認識も出てきたような気がします。

 これはpole vault summitの影響が大きいのではないかと思います。

 pole vault summitには棒高跳の選手やコーチが国内外から約2000名も参加し、試合だけでなく実技講習やコーチ間のディスカッションなども行われています。

 またヨーロッパなどからコーチを招聘したりして情報交換も盛んです。

【これを始めたのはボブ・フレーリー(フレズノ大)というアメリカ棒高跳界の大御所コーチです。日系のブライアン・ヨコヤマコーチ(マウントサック)による企画・運営への貢献も多大です】

 最近のアメリカの棒高跳が復興してきたのはこのpole vault summitによる貢献が大きいと思います。

 

 逆にヨーロッパ内でも技術について完全に同じというわけではなく、流派の違いのようなものもあります。代表的なのは「フランス型技術モデル」と「ペトロフ型技術モデル」の違いです。最近はこの両者をベースにしてそれらをうまく組み合わせたりそこに独自のスタイルを組み込んだりしている選手が多いと思います。

実は、マイナーなのですが、チェコ型技術モデルというのもあるのですが、これがとても特徴的です-----

-------------------------------------------

 

 トレーニングの組み方についてもアメリカとヨーロッパではかなり違いがあります。


 ヨーロッパ内ではある程度共通している部分ががありますが、アメリカはやっぱりそれぞれのコーチでバラバラです。

(ピリオダイゼーションについての考え方の違いがあります。これはまた別の機会に述べたいと思います)


 

ヨーロッパ棒高跳会議の後はまた、レバークーゼンに行って研修してきました。

これまでどおりレシェク・クリマコーチには大変お世話になりました。

「これは内緒ね」と秘密の資料をもらいました。

 

5m91の自己ベストを持つマルト・モア選手も練習に来ていました。

今はお父さんがコーチをしています.

練習内容もオリジナルでとても興味深いものでした。

 

(続く)