誕生日を祝った翌日。私はそこそこに酔いをひきずり、グダグダとしてしまっていた。
pun子は誕生日であるが、朝に出勤していった。
私もそうだが、誕生日に仕事など当たり前のようであり、あえて休みを取ったことなどなく、それに異論も特になかった。皆そんなものだろう。
しかし、当の本人は仕事でも、私は休み。
実際の誕生日は今日であり、近頃二人で取り組んでいるヘルシーな食事を今日も作ることに大きな抵抗感を示していた。
誕生日にささみとキャベツの千切りではあまりに悲しいではないか。
ましてや、仕事から帰ってくるまでには時間が沢山あり、何らかの祝いを用意することは十分にできたので、私はその思いに従い、些細なつまみと酒、お気に入りのケーキ屋のケーキを用意し、家で待つこととした。
しかし、かねてより、プレゼントはいらぬと言われていたこともあり、その言葉通りに何も用意していない自分へのふがいなさに苛まれていた私は、プレゼントを買うべく、市内の金持ちがこぞって集うお洒落タウンに繰り出したのである。
いくつかの雑貨屋へ足を運び、気に入ったフィンランド製のアンティーク珈琲カップをみつけ、またリトアニアのミルク入れの容器もこれに付けプレゼントとしたのである。
その雑貨屋の下で、pun子の好きそうなクッキーも見つけ購入した。
それにしてもこの町は・・・経験したくなるほど優雅な店が多い。
あまり恥ずかしいことは苦手なのだが、テーブルに一輪の花なんぞお祝い感が出て良いとおも、これまた花屋へ出向き、思い切ってバラ・・・ではなくガーベラを購入。
急いで家路につきpun子の帰りまでに、パーティーの支度にいそしんだ。
メニューは、イワシのオイル煮、あさりの洋風酒蒸し、ラタトゥイユ風の何か。他チーズなどの既製品。自家製のハーブなんぞ役に立ち、実に満足の出来となった。
思いの他、家で用意するにはキザらしい机上となったが、またこれも良しとした。
プレゼントはブランド品でもなければ、高級な食材でもなく、夜景をバックに花束と誓いの言葉でもなく申しわけないとしか言えないが、それでも喜んでもらえた事、自己満足に終わらず本当によかったと思った。
改めて誕生日おめでとうの乾杯をし、話は広がり楽しい夜となった。
pun子にもそう思ってもらえていると嬉しい。


