遡りながらパチパチとキーボードを叩くこと数時間。今日は雨。風も強く屋外やベランダでの作業は難しい。窓もろくに開けられないもんだから、ろくに掃除機もかけられない。

携帯のアプリでゲームをしようと思うが、なにかとんでもなく時間が無駄な気がしてならない。

昨日車で走った道に良い川があった。近いうちに釣りにでも行こうと思ったのを、

今思い出した。

pun子も連れてってあげたいし。釣りの用意でもするか。でもバルコニーの手入れも半端。

まだまだ遡ることも盛りだくさん。順に片付けることとする。

そもそも、パチパチこれを打っていることに意味があるのだろうか。年寄りの老化防止でもあるまいし、テレビでニュースやら最新の健康食品でも手に入れた方が有意義なのでは、いや、そんなのはあてにならん。どーせ食べ物が映ったとたん腹の音がグーとかゴーとか、キューとか言い出すのだから、いいことなし。頭をフル回転させて、文章を打ちまくり、近所の釣具屋がしまるまでに、昨日までの記録を書き残してやるのが一番良い。かつ釣具屋へは徒歩が望ましい。

それまでに晴れてくれるとありがたい。

風も止んでくれるとありがたい。

そうでなければ、歩くことを平気でためらうからである。

 

いらぬ事を書いてしまうので時間がかかるもんで。仕方ない。携帯でとった写真やデジタルカメラの写真をもとに、遡ること数時間。

今は通り過ぎた時間。されど思い出してみれば意外と鮮明なものだ。

忘れてしまう前に私がそこにいた記録を書き残すのだ。

意味など特にない。読み返すこともほとんどない。

誰に読んでほしいわけでもないこの記録は、私とpun子とulosukeの証明と思い出なのだから。

そんな思いついたままの言い方をしてみると、途端に意義のあることをしているような使命感にかられてきた。

私はきっとバカなのだろう。誰から見ても。

 

5月28日の朝。二人で遅く起きた朝。

何をしよう。特にない。惰性ではあるが映画でも行くか。などと会議をしていたところ。

遠出をすることになった。というのも地方ではエビまつり、やらなに祭りやらが開催されていたのである。

しかし、目的地は祭り会場ではなく、それとなく決定した。いやpun子が以前から行きたいと言っていた道東になったのである。

はたまた咄嗟の無計画。無計画にしては片道6時間コースの遠出である。

当然宿などとっておらず、金がかかるからと、布団を持ち込んで車中泊計画とした。

ひとしきり用意を済ませ、いざ道東の釧路へ。

なぜ釧路になったのかといえば、pun子が行きたいと言っていたからであって、私も釧路生まれとあって、兄弟や親せきなどから聞いていた行きたい飯屋についてpun子に語っていたからである。

 

出発してからというもの、ひたすら高速を走りぬけた。

タイムラプスなるものが携帯に組み込まれいることを知り、車のダッシュボードに張り付けたりもした。

特別変わりなく、永遠道東までの道のりを雄大な景色を楽しみながら行ったのである。

 

ひとつ言うならば、ウォッシャー液たる洗剤が切れているにも関わらず、余裕をかまして走らせた結果、高速道路の最中、阿寒手前の山奥にてトンネルに差し掛かるたびに大粒の雨かと見間違うほどの虫の大群と幾度となく衝突し、視界は不良。虫の死骸やら鱗粉やら謎の油分によって見事にフロントガラスが汚染され、いや、こんなにもたくさんの虫を轢いてしまって申し訳なさもあるのだが、とにかく前が見えづらく困った。幸運にもパラパラと雨がちらつき、ちまちまとワイパーを作動させ釧路手前まで何とか無事にたどりつけたのだ。

たどり着いた途端にガソリンスタンドに飛び込み、燃料補給と窓ガラスの清掃を依頼した。

夜の8時近く、釧路に到着し、第一の目的達成と同時に視界が晴れた。

なんとも喜ばしい瞬間だった。ありがとうサービス付きのガソリンスタンド。

 

まず真っ先に向かったのは、思い出の味、定番の洋食屋である。幼少期両親や親せきと行った記憶があるようなないような。

とにかく行ったということは家族からも聞いているので、確かなのだ。幼児期以降は引っ越し、それ以降はおばあちゃんおじいちゃんの家に遊びに行くくらいで、街の見たことがある場所やその程度の記憶しかなく、正直生まれた土地でありながら土地勘もなく、家族の話でしかまともに聞かない場所であった。

また、ある年齢になると、やれ受験だなんだと両親と帰省することも減っていった。いま思えば本当に情けない話である。またおじいちゃんおばあちゃん親戚の葬式にだけ釧路に行くような、不躾な孫でごめんなさい。

生まれた街なのになんとも物悲しい記憶だけ強く残ってしまった。

年に1度でも2度でも顔を見せることができたなら。自分には資金力も交通手段も決定権もなかったなど言い訳にならんのだ。

そしてそれは今現在、同じ市内にいる家族にろくに顔を出していない事を思い出し、本当の意味でろくでもない息子だと痛感するのだ。

 

まぁしかし、その釧路の洋食屋の味は知っている。明るい思い出のひとつな気がする。

そこの店名前が入ったスパゲティはシンプルな味だった。母親がよく作ってくれた味に似ていた。いや、母親の再現率が高かったということか。というか、茹でたスパゲティと野菜なんかとバターと塩コショウで炒めただけのものなのだ。鉄板で運ばれてくるもんだからアツアツで適度な焦げ具合も良いのだ。

pun子に白いスパゲティ食べたいとリクエストして「?」と反応されたことがあり、釧路以外の人間は知らないのだと初めて知ったものだ。

pun子は名物のスパカツを注文。ソースの味が懐かしいといったらない。やや遅めの飯にして、道東に来てまともな食事1食目は、良い思い出・・・のようなうれしい出会いとなった。

 

その後、行きの車中で話題に上がっていた、道東は星がきれいだということで、車中泊は摩周湖の近くにすることに決めていた。

 

食後の満足感もそこそこにディスカウントストアへ向かい、おやつや飲み物、そしてウォッシャー液を買い深夜の摩周湖に走り始めた。

朝、今日は何をすると言っていながらにして、11時をまわるころには自宅から400㎞近い距離も離れた土地で車中泊をしようというのだから、思い付きとは時にとびぬけたものとなる。

 

摩周湖へ向かう山道の最中、路肩に「!」だけの標識を見つけ、以前バラエティ番組で「!」だけの標識には第6感以降の注意を払うよう言われたことを思い出し。普通に恐怖した。

 

日付が変わる前には摩周湖へ到着したが、予報ははずれ、雨こそ止んだものの星空は拝めず、再三の失敗となった。がしかし、早朝の摩周湖を望みそこから気持ちよく明日の行動に移せると、案外すんなり諦め、車中での会話もそこそこにお菓子を食いながら就寝したのである。

窓ガラスの向こうに何も見えないことを期待して。