私は記憶の限りで子供の頃から
精神的には崖っぷちにいた。
小学生の跳び箱が怖くて怖くて、
「跳び箱を失敗して首が折れて死んだら、お母さん達は死亡保険金が貰える!」と心の中で何度も唱えて、それを励みに跳び箱に挑んでいた。
もっと小さい頃、母の鏡台の化粧水の瓶を少しでも位置を違えてしまったらこの世界に大変な事が起こると感じていて、それでも触りたい欲望に逆らえず、怯えながらほんの少し持ち上げて、真剣に元の位置に戻していた記憶もある。
触ったのが母にバレたら怒られるという訳でなく、家が跡形もなく爆発して吹き飛ぶようなイメージ。
ほんとに怖くて必死だった。
高校生くらいから精神科に時々通うようになる。
辛い、辛い、死んでしまいたい。
寝れない、寝たくない、朝なんか来ないで欲しい。
でもその気持ちを伝えることが何故か出来なかった。
寝れない、薬は効いてる気がしない、と言えたら上出来で、診察室に呼ばれて俯いて座り、問われたら首振りで返事をする程度…
母は私の様子にひどく不満げだった。
そりゃ、そうですよね。
困り事、辛い事を主治医に話す事が出来るようになったのは、もっとずっと何年も経って、
本当にごく最近の事です。
学生時代も社会人になってからも
診察室で話す事が出来ず、自分でも調べて、
私は場面緘黙症なのか?と考えたりしていました。
なんなんだあなたは!どうして欲しいんだ?と怒るお医者さんも、言ってくれないとこちらも困るんだよねぇと呆れたお医者さんもいたし、自分でも何故なのか分からないまま、うつ病として治療してもらってました。
精神的には崖っぷちにいた。
小学生の跳び箱が怖くて怖くて、
「跳び箱を失敗して首が折れて死んだら、お母さん達は死亡保険金が貰える!」と心の中で何度も唱えて、それを励みに跳び箱に挑んでいた。
もっと小さい頃、母の鏡台の化粧水の瓶を少しでも位置を違えてしまったらこの世界に大変な事が起こると感じていて、それでも触りたい欲望に逆らえず、怯えながらほんの少し持ち上げて、真剣に元の位置に戻していた記憶もある。
触ったのが母にバレたら怒られるという訳でなく、家が跡形もなく爆発して吹き飛ぶようなイメージ。
ほんとに怖くて必死だった。
高校生くらいから精神科に時々通うようになる。
辛い、辛い、死んでしまいたい。
寝れない、寝たくない、朝なんか来ないで欲しい。
でもその気持ちを伝えることが何故か出来なかった。
寝れない、薬は効いてる気がしない、と言えたら上出来で、診察室に呼ばれて俯いて座り、問われたら首振りで返事をする程度…
母は私の様子にひどく不満げだった。
そりゃ、そうですよね。
困り事、辛い事を主治医に話す事が出来るようになったのは、もっとずっと何年も経って、
本当にごく最近の事です。
学生時代も社会人になってからも
診察室で話す事が出来ず、自分でも調べて、
私は場面緘黙症なのか?と考えたりしていました。
なんなんだあなたは!どうして欲しいんだ?と怒るお医者さんも、言ってくれないとこちらも困るんだよねぇと呆れたお医者さんもいたし、自分でも何故なのか分からないまま、うつ病として治療してもらってました。