【父の教え】詩人・伊藤比呂美さん 譲っていいこと「頑張るな」 | ullmannvnのブログ

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 「胎児はウンコ」と書き、育児エッセーのジャンルを切り開いた詩人、伊藤比呂美さん(58)。英国人の夫や子供と米国で暮らし、父の一彦さんのいた熊本と行き来して、遠距離介護を続けた。その記録『父の生きる』(光文社)では、無聊(ぶりょう)をかこつ一彦さんの不安や孤独、退屈と向き合った葛藤をつづっている。

 「娘はかわいい。やりたいようにやらせたい。でも俺は退屈で寂しい。ポロッと出た父の一言がグサーッとくるんです」

 東京都出身。前夫が熊本大学に職を得たため、昭和59年に熊本に移住した。年取った父母も近くに越してきたが、自身は離婚を経て、渡米。8年前に母が病院で寝たきりとなり、82歳で独居となった一彦さんのため、ヘルパーや送迎付きの犬の美容室などを手配した。一彦さんの好きな時代劇やプロ野球中継の衛星放送チャンネルも契約した。

 母の死後、米国へ誘っても一彦さんは熊本を離れず、自身は日本にいる間も講演などの仕事で飛び回った。「日本語の詩人は日本語の環境にいないとだめだと感じて、魚が陸に上がったみたいな窮屈感があった。それを解消する一つの方法が日本に頻繁に帰ること。父たちを口実に」

 一彦さんは戦時中、陸軍少尉として飛行学校の教官を務め、教え子は特攻で死んだ。戦後の公職追放で教員や警官の職に就けず、ヤクザになったが続かなかった,ベアン。印刷会社に勤めた後、精密機械の零細工場を営んでいた。子供の頃、特攻隊の飛行機が撃ち落とされるニュース映像に涙する一彦さんを見て、驚いたのを覚えている。

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