遠山の金城さん(3) | クルミアルク研究室

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沖縄を題材にした自作ラブコメ+メモ書き+映画エッセイをちょろちょろと

沖縄・那覇を舞台に展開するラブコメディー「わたまわ」をこちらに転載しています。「あけみさん解放大作戦 番外編」に触れられた「告解の祈り」の初出になります。

「わたまわ」exblog版は6。10月末の土曜日午後3時ごろの設定です。ヒロイン・サーコはまだ高校一年生。前段階「遠山の金城さん(2)」につづくエピソードですがこちらへの転載は未定です。お試しバージョンとして小説ながら目次を作成しました。クリックすると各意味段落へジャンプします。

 

目次
3-1.告解の祈り
3-2.ジング氏とサーコ、仲直りする

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3-1.告解の祈り

 

会議は、自然解散したみたいだ。みなさん、ばらばらと下へ降りていく。
あたしは小走りでリャオさんの前に立った。しかし、リャオさんが先に右手の人差し指を口元へ持って行ってあたしを制した。彼は微笑んでいる。
「あとで、ゆっくりね」
いつになく、大きな瞳が温かく感じられた。そして、他の会社役員らと一緒にその場を去って行った。

 

あたしは廊下に出てトモを探した。
彼は、祈っていた。廊下の片隅にある机に両肘をつき、地べたに両膝をついて祈っていた。

 

“All Most merciful God,
Father of our Lord Jesus Christ,
we confess that we have sinned
in thought, word and deed.
We have not loved you with our whole heart.
We have not loved our neighbours as ourselves.
In your mercy
forgive what we have been,
help us to amend what we are,
and direct what we shall be;
that we may do justly,
love mercy,
and walk humbly with you, our God.
Amen.”

 

これは「告解の祈り」という、キリスト教会における儀式の一つで神の許しを請うときに唱える式文だ。
トモはいつも英語でお祈りします。ミッション系スクール在学時にたたき込まれたようです。宣教師の卵であるにもかかわらず、頭にかーっと血が上って回し蹴りをしてしまったのだから、いたく反省し相当時間祈っていたらしい。
あたしは背後から声を掛けた。
「トモ」
彼は一瞬だけあたしを見てゆっくり立ち上がり、膝のほこりをはたいた。そして、ぷいと横を向いて、言った。
「サーコ、あの被害届の内容は本当ですか?」
あたしはうつむいた。ワタナベが会議室から逃げ出すであろうことをリャオさんは予見し、テコンドーの腕の立つトモをわざと廊下に配置していたのだ。
事件の真相をトモには知られたくなかった。でも、リャオさんはきっとトモにワタナベを制裁させたかったのだろう。
「……ごめんなさい」
あたしは頭を下げたが、トモは横を向いたまま答えた。
「しばらく、サーコと話をしたくありません。ごめん」
そして彼はそのまま走って階段を降りていった。

 

あたしはトーク帽子と手袋を取り、元通り箱に入れて袋に収めた。
牧志にあるリャオさんの事務所へ返さなくちゃ。万一カマキリに見られても‘キーちゃん’であることを悟られないようにという配慮にほかならない。手袋にラベンダーの香りをしみこませたのも、あたしを落ち着かせる為だった。
会社の副社長にこれだけの気遣いをさせ、一方では彼氏をいたく傷つけて、あたしは何をしているのだろう。

 

とぼとぼと会社を出て歩いた。
ここはあまり路線バスが通らない道路だから、牧志方面に向かうためには旭町まで出てモノレールをつかまえる方が早そうだ。一キロくらい歩くのか。あーあ、今日はトモのバイクに乗せて貰うつもりでレディーススラックスパンツにしたのにな。

 

後方からクラクションが鳴る。黒いバンだ。路肩に止まりリャオさんが降りてきた。彼、あのアルマーニのスーツ姿です。
「サーコどうしたの? トモは?」
リャオさんが問いかける。声色は“あけみさん”とかわらない。あたしは答えた。
「怒って一人でバイク乗って帰りました」
「……やれやれ」
リャオさんが助手席のドアを開けた。
「乗って。どうせ牧志へ行くつもりだったんだよね。私もサーコにお願いがあるの」

 

事務所へ着くとリャオさんはすぐにシャワールームへ突進していき、十分後にいつものムームー姿で出てきた。涙目になってる。
「サーコ、お願い。この薬、背中に塗って!」
うわあ、これはひどいです。首の後ろから肩甲骨、背中のあたりまで赤くて細かい吹き出物がぶわーっと出ている。かゆそう。
あたしは指示されたとおり、背中にクリームを薄く伸ばしてあげた。これでいい? 大丈夫?
「サーコがいて助かった。夕ご飯食べてく? ちゃんと送るから」
夕ご飯の支度をしながらリャオさんは語った。
「会議ってああやってスーツ着なくちゃなんないでしょ。私、スーツというかワイシャツがダメなのよ。三十分経つとこうやってブツブツが出て腕も全部赤くなっちゃうの。ああ、もうやだ」
そしてリャオさんはお味噌を溶かしながら言った。
「絶対、あけみの方がいいわ」
「偉い人も大変なんですね」
レタスを皿へちぎって乗せながらあたしは相づちをうった。リャオさんは天井を眺めつつ答える。
「うーんと、あきお君はねえ。一ヶ月に一度は出勤しなくちゃならないの。あと、会議だけじゃなくって、他社さんとの会合はみんな、あきお君の仕事になっちゃうの。今日は来てなかったけど、父親にあけみをみられたらこれまた厄介なのよねぇ。はあ、今日はサーコにバレないように声を低めに出したりでなかなか大変だったわー」
あたしはリャオさんの愚痴をずっと聴いていた。これじゃまるであたしが“聴きまスポット”の店長になったようだ。
リャオさんはのど飴を取り出し、舐めながら話しかけた。
「そうそう、ワタナベの奴なんだけど、あれ、サーコのじゃなくて別の事件で連行されてんの」
え? それ、どういうことですか。
「あいつ、ヤクやってんだって。大麻! たしかにありゃ、やばそうな顔だわ」
た、た、大麻? そりゃ大事件ですよ! 警察がパトカーでくるはずだわ。でも、どうしてリャオさんが知っているの?
するとリャオさんは笑顔で答えたのでした。
「担当の刑事さんが松山で私をひいきにしてくれてさー。ふふふっ、人脈って大事よねー」
恐れ入りました。沖縄って、ホントに狭い。

 

そういえばあたし、トモとの件をちゃんとリャオさんに話していなかった。
あたしはリャオさんと夕食を囲みながら、トモが被害届の内容を全部聴いていたこと、あのあとトモが廊下でずっと祈っていたことを話した。
リャオさんはため息をついた。
「確かにトモに黙っていたのはこっちが悪いけど。上半身見せたとか胸触られたとか、お堅い彼にはショッキングな内容だからね。それにしても、まさか回し蹴りするとは思わなかったわ。やっぱり教会で懺悔するのかしら」
あたしはサラダをつまみながら答える。
「はい、たぶん、するでしょうね。神様の前で隠し事はいけないみたい」
「でもサーコは悪くないよ。どこから見てもあんたは被害者。トモも、それはわかっているはず」
リャオさんは味噌汁を少しすすって、なおも言った。
「少し時間あげたら? トモも大人だ。落ち着いたらまたサーコに会いに来るよ」

 

3-2.ジング氏とサーコ、仲直りする

 

その時は思っていたよりは早かった。三日後の火曜日にはラインに連絡が来た。
――いつもと違う場所でサーコと話がしたいです。おもろまちの県立美術館はいかがですか? 日曜日は礼拝なので土曜日の午前にでも」
美術館なんて珍しいチョイスだな、そう思いながらもOKの返事をした。

 

県立美術館には十時前に到着した。トモはバイクを駐めて待っていた。あたしがレディーススラックスパンツ姿なの、わかっているかな。
トモは美術館の玄関を突っ切ると、そのまま裏口広場へ出た。ここには野外オブジェが二つある。あたし達は青と赤いオブジェの方へ向かった。

 

 

'Romance de sol y luna' Julio Eduardo Goya, photo by Klmialku

 

ゴヤフリオ作 太陽と月のロマンス
ゴヤさんはアルゼンチン出身の彫刻家だ。あたし、美術クラスなんです。いいなあ。こんな作品作って、みんなを笑顔にできる、そんな人になりたい。

 

トモがオブジェの前で立ち止まる。彼もしばらくオブジェを見上げていたが、やがて口を開いた。
「よくよく考えてみたら、あのバイトをサーコがしなかったら、私はサーコとは出会ってなかったんですよね」
そう言って彼は目をつぶり、続けた。
「でも、ショックでした。泣きたいくらい、打ちのめされました。今も嫉妬で気が狂いそうです」
しばらく静寂が流れた。あたしは決心した。
「あの」
あたしはトモをつついた。彼が視線をあたしに戻したので、あたしは右手をブラウスの上ボタンに掛けた。
「何でしたら、見ますか?」
ええ? 彼は素っ頓狂な声を上げ、素早くオブジェに視線を転じた。顔を真っ赤にしてたどたどしく言う。サーコ、それは、ちょっと、良くない。でも、あたしは続けた。
「カマキリに見せちゃったりしたから、トモは怒っているんですよね? あたしは、トモが見たいなら、別に、いつでもいいです」
言いながら、ちょっとやり過ぎかなぁという気はしたが、だからといって発言を撤回する気もない。とにかく、トモには怒りを静めて貰いたい、その一心だ。
やがて、トモがちらりとこちらを見た。すぐにまたオブジェに視線を向けて、彼は言った。
「そうですね。じゃ、いつか、神様が、許してくださるなら。まあ、その時には」
彼はオブジェを見上げたまま、右手だけあたしに差し出した。あたしは、素直にその右手を握った。よし、仲直り。
トモが顔をこちらに向け、赤く頬を染めたまま照れくさそうに笑った。あたしも笑顔を返した。そして二人はバイクに飛び乗って美術館を後にした。
(06_遠山の金城さん FIN) NEXT:男達のランデブー

 

第一部目次  ameblo

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小説「わたまわ」を書いています。2月中に非表示になります。今ならまだ間に合います!:exblogへ飛びます。
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