けんちゃん。
プリンちゃん、どうするの
志村けんさん死去 感染判明から1週間
国民的人気のお笑いグループ、ザ・ドリフターズのメンバーで、コメディアン、タレントとして活躍した志村けん(しむら・けん、本名志村康徳=しむら・やすのり)さんが29日午後11時10分、東京都内の病院で死去した。70歳だった。東京都出身。新型コロナウイルスに感染し、入院して闘病中だった。葬儀は近親者で行う。お別れの会は未定。
志村さんは放送中の日本テレビ系のバラエティー番組「天才!志村どうぶつ園」の司会を務め、30日に放送が始まったNHK連続テレビ小説「エール」にも日本の音楽界の重鎮役で出演することになっていた。
所属事務所によると、3月17日から倦怠(けんたい)感があり、発熱と呼吸困難を訴えた。同20日に肺炎と診断されて入院。21日から意識がなく会話のできない状態となり、23日に新型コロナウイルスへの感染が判明し、治療を続けていた。
また、事務所関係者は「志村さんの持病や基礎疾患は確認していない。喫煙はやめていたが、飲酒は楽しんでいた」と話している。
志村さんはザ・ドリフターズの付き人を経て1974年、荒井注さんの後任として正式メンバーに。コント番組「8時だョ!全員集合」で歌った東村山音頭や加藤茶さんとのヒゲダンスなどで人気者になった。その後も「バカ殿様」「変なおじさん」「ひとみばあさん」など独特のキャラクターを生み出し、幅広い世代に親しまれた。「加トちゃんケンちゃんごきげんテレビ」「志村けんのだいじょうぶだぁ」など自身の名を冠した番組に多数出演。12月公開予定の山田洋次監督の映画「キネマの神様」への出演も決まっていたが、辞退していた。
子どもの頃、テレビの前で8時になるのをワクワクしながら待っていた。
母さんは子どもにはあまり見せたくなかったみたいだけど、今どきのゲームなんかよりずっと、見なければ友だちの話題についていけなくなる番組だった。
小学校2年生のときのクラスには、東村山くんと呼ばれる男の子がいた。
本当の名前は二上くんなんだけど。
彼は、東村山音頭が大好き過ぎて、踊りながら歌うことを我慢できなかったの。
授業中でもいつでも突然始まる東村山音頭。みんな密かに、今日はなん丁目だと思う?なんて話をしてたよね。
お楽しみ会で毎回行われたのは、ドリフの早口言葉。白いポリ袋に穴を開けて頭からかぶり、少年少女合唱隊になりきっていた。
私は親に叱られたときにごまかすためにヒゲダンスをして、パパに殴られた記憶がある
なんてアホな子だったんだ。その後はひょうきん族と人気を分けたけど、私は断然ドリフ派だった。
うんとうんと若いとき。
友だちとお揃いで買ったパジャマ。
5歳くらいのときから現在に至るまで、けんちゃんにはいったいどれくらい笑わせてもらったのだろうなぁと思う。あまり見せたくないと思っていた母は、今テレビでやると涙を流して笑ってる。
確かにお色気コントとか、子ども心になにを思って見ていたのだろうな。
けんちゃん。
あり得ないほどの喪失感だよ。志村けんがいない世の中なんて全く想像できないし。
だいじょうぶだぁ!
たくさんの笑いをありがとう。
これからも笑わせてもらうよ。
天国でもみんなを笑わせていてね。
長さんに、よろしくね。
さっきzeroで有働さんが言っていた。
志村さんにコロナを感染させたのはもしかしたら自分かもしれないと国民全員が思った方がいいかもしれないって。
決して誰かを責めている言葉ではない。
今は無責任な行動をすると、大切な人の命を奪う可能性が誰にでもあるということだ。








