初代クロ(アイヌ犬♀18歳)
私が生まれたとき、もうクロはいた。
なのでうるちび家の長女。私は次女。
初代クロの日は、実は覚えていない。
だから2代目クロの日と同じにしたの。
毎年Wクロのお参りをするのだよ。
屋外で飼われていたクロは、一度だけ新聞屋さんに噛み付いたことがある
いつの間にか鎖が外れていたらしく、明け方に家に近付いた人に対して番犬として威嚇したのだろう。カプリッとやったらしい、カプリッとな
でも犬によく慣れた新聞屋さんで、背を向けずにそ〜っと後ずさって離れていってくれたお陰で大ごとにはならなかった。
父はクロを怒ったけれど、家を守ろうとしたクロのことを私は心の中でそ〜っと褒めたよ。クロは自分の役割を果たしただけ。ちゃんと離れないように繋いでいなかったのが悪いと思う
でもそれからは鎖を2本付けておかなきゃならなくなったし、お散歩のときも革のリードを2本付けてだったな。
重かったね、ごめんねクロ
この頃は今みたいなドッグフードなどなくて(いや、あったんだけど)、家族が食べたご飯の残りをぜーんぶこの赤い入れ物に入れてクロにあげていた。あ、もちろん残りものだけではないけれど。
今なら考えられないよね、そういうの。
クロはご飯に満足してたのかなー
パンの耳が大好きで、よく土の中に隠していたのを覚えてる。真っ黒になったパンの耳、全部食べたのだろうか。
クロが旅立つ前の最後の冬は、動物が好きではないおばあちゃんに隠しながらクロをこっそり自分の部屋に入れていた。もう足腰が弱くて、ツルツルの雪の上では立つのが大変そうだったから。
1985年。
高校生だった自分。
その頃の我が家にはお庭もなかったし、ペット霊園なんてものがあったのかどうかすら知らない。父と一緒にクロを保健所に連れて行ったときの記憶が鮮明に残っている。保健所のおじさんは幼い頃から知っている人でとても優しく対応してくれたけど、クロを渡したときの胸の痛みを思い出すと今でも涙が出る。
寂しくないかな。今からでも連れ帰ってお庭に入れてあげたいと思うよ。
ここに置いてあげられなくてごめんね。
でも、心はいつでもここにいるよね。
2代目クロ(雑種♀18歳)
まだ幼いうちに車に轢かれて前足を1本失ってしまった2代目クロは、三女。
守ってあげられなくてごめんねっていつもいつも思ってた。そんな家族を気遣うかのように、いつも明るく走り回って元気な姿を見せてくれていたクロ。
文鳥とも猫たちとも仲良くできる、とても穏やかで心の優しい子だった。
いつも1人で散歩をしてくるんだけど、おばあちゃんが亡くなったときのこと。
我が家でお留守番してくれていた親戚の人には散歩に行くよって顔をして、1人でお寺までやってきたのには驚いた。
きっとみんなと一緒におばあちゃんのお見送りをしたかったんだね。そんなクロの姿を見てみんなが涙したっけな。
愛おしくて愛おしくて、いつも一緒にいてくれたクロのおかげで若かった私は色んなことを乗り越えられてきたと思う。
クロの匂いとか手触りとか体温とか、きっと一生忘れることはないだろうな。
あれからもう13年も経つのだね。
その頃末期ガンにおかされていた伯母のお見舞いで神奈川に行っていた父と母の帰りを、クロは明らかに待っていた。
もう頑張らなくていいんだからね、待たなくても大丈夫だよ、と言った兄の言葉を聞いて静かに旅立って行った。心臓が潰れるかと思うくらいに悲しくて苦しくて寂しくて頭がガンガンした。そしてありがとうの気持ちが溢れ過ぎて、あのときは自分もどうにかなっちゃうんじゃないかと思ったなー。
今でも父の会社のPCのデスクトップ画面にはどでーんとクロがいる。家の中ではたまにクロの足音が聞こえる。
3本の足で元気いっぱい楽しそうに駆け回っているクロの姿を思い出すと会いたくて会いたくて、今年も涙が溢れた。
ほら、こんな記事をお昼休みのタリーズで書いてたらポロッと涙落ちるだろ。
隣の人にバレないように髪で隠そうと思ったら、…隠す髪ないんだった
何年経っても寂しいの。
何年経っても会いたいの。
もう少しこっちの世界で頑張っているから待っててね。また一緒に遊ぼうね。
ちなみに毎年この日、クロの上にはキレイなピンクの花が咲くんだよ。
しかもこれ、クロフネなのだ
さて、氷艶だ。
朝からevery.の動画を見て、部屋で1人で悲鳴をあげたんですけど、私
だってだって、大ちゃんの殺陣ったらどんだけカッコいいのよーーーっ
殺陣歴31年くらいの人みたいだよ。
滑る跳ねる斬るが軽やかで美しくて、ギャーギャー声が出ちまった
大ちゃん。
当日も練習着のままやってほちぃ。
衣装も観たいけど、練習着………
氷艶サイトにも続々お写真が。
近付いてるって感じがするなー
このPUMAトレーナー、がわいー
あらかーさんからのお写真も、がわいー
そうだ、これ…。













