ここ数日間、何人かの契約社員と面談をした。20代の男女、数名と。
なんて常識がないんだろう。
なんて甘いんだろう。
なんて弱いんだろう。
なんて軽いんだろう。
なんて…、なんて…、なんて…。
そんな残念な感想を持ちながら、毎日を過ごしていた。
ちょっとイラついていた今日。
ふと、帰りのバスの中で思い出した。
自分が初めて社会に出たときのこと。
生まれて初めて親元を離れた。
生まれて初めて名古屋の地を踏んだ。
生まれて初めて1人暮らしをした。
世間のことも社会人としての常識も、何も知らない新卒1年生だった。
愛ある厳しさで育ててくれた上司。
憧れた先輩に反発して泣いたあの日。
数字が取れなくて落ち込んだ日々。
人の声が聞こえない部屋が怖かった。
熱を出したときには心細くて泣けた。
親には心配かけまいと見栄を張った。
悪さも、…した。
ある日、私は会社の車を持ち出した。
通勤でも私用でも休日でもなんでも、上司に借りまーすって言ってノートに名前を書きさえすれば営業マンの乗る社用車を貸してくれる会社だった。
ある休日、大きな買い物をしたかった私は、同僚と2人で会社に車を借りに行った。営業部だけが平日休みだったその日、会社は普通にあいていた。
が、当然私の上司は休み。
他の部署の上司が他の階にいたから、そこに行けばよかったのに。
それがただ、面倒くさかった。
夕方までに返せばいっか~。と、私たちは軽い気持ちで誰にも言わず、ノートに名前も書かず、車を借りた。
というより勝手に持ち出したのか。
買い物した荷物を家に運び、車を返しに行かなくちゃ!と思ってマンションの駐車場を出ようとしたそのとき。
…事故は、起きた。
まぁ正確には、自転車に乗っていた女子大生が、駐車場から出てきた私の運転していた車に驚いて、自分で派手に転んだっていう結末だったんだけど。
そのときは轢いた!と思ったね。
声をかけて車に乗せ、病院へ。
…本とは救急車を呼ぶべきだったのよね。
彼女は意識もあったし自分の足で歩いていたけれど、検査をしてる間は心配で、どうしていいかわからなくて、取り敢えず、上司に電話をかけた。
病院には「轢いてしまった」と伝え、警察とご家族に電話をしてもらった。
休みなのにちゃんとスーツを着て、すぐに病院まで来てくれた上司の姿を、私は今でも忘れていない。上司の顔を見た途端に泣いたことも覚えている。
彼女のご両親がきたとき、上司は私たちを連れて行ってお詫びをした。
少し興奮気味のお父さん。
オロオロしているお母さん。
顔面蒼白の私たち。
先に話をしていた警察と共に、上司が状況の説明をしてくれていた。
そのとき女子大生が診察室から出て来て、すぐに「轢かれてはいないし、擦り傷だけだから」と証言してくれた。ご両親は「この子はちょっとの音でもビックリして飛び上がるから想像が付く」と、逆に謝っていた。
一同ホッとするも、上司はそれでも驚かせるような運転をしていた方が悪いのだからと、私たちの頭を押さえつけながら、何度も何度も一緒に頭を下げてくれていた。
途中で営業部の先輩も病院にやって来た。動揺している私たちに今日はもう運転をさせないために、上司が電話をして呼んでくれていたらしい。
家まで送ってもらって少し安心したけど、それでも眠れない夜を過ごした。
次の日、会社ではガッツリ叱られるだろうと覚悟を決めていた。
でも…。
私たちを叱った人は、いなかった。
誰1人として。
自分から謝りに行ったら、上司は「お前たちにも怪我がなくてよかった」と言った。車の管理をしている部署の課長は「これに懲りたらもう車ドロボーはやめろよな」と笑った。隣の部署の先輩は「悪いことはバレることに決まってるんだよ、バーカ」と私たちの頭をペシッと叩いて去って行った。同僚たちは何も言わずにお昼ごはんをおごってくれた。夜は急に私たちのチームの飲み会が開かれたけど、その話題は誰からも一言も出なかった。
私たちは、がむしゃらに仕事をした。
翌月には出したことのない数字を叩き出し、我がチームは全国に1000近くある営業所を含めてトップ、前代未聞の数字を塗り替え続け、数ヶ月間連続で社長賞を総ナメにした。
それしかできなかった。
それから数年後。私はもう会社を辞めていたけれど、そのときの同僚の結婚式で名古屋に行った。
そのとき、当時同じチームで働いていた同僚から初めて聞かされたある事実に、私はまた泣いた。
病院から帰った翌日、病院に来てくれた先輩が私を迎えに来ていた。
私たちのチームが次にターゲットにする市場の下見に連れて行かれたのだ。
その頃の営業部ではよくあったことだけど、そのときは気を使って連れ出してくれたのかと思ってた。あの日一緒に行動していた同僚もまた、別の先輩に連れて行かれたと聞いたので。
でも実は、上司の指示だったそうだ。
そして私たちのいない朝礼の場で、上司はみんなに頭を下げたという。
申し訳ない。
本人たちはもう十分反省している。
出社しても叱ったりしないでほしい。
そう、言ってくれたそうだ。
叱られたり、根掘り葉掘り聞かれていたら、若かりし私はきっと会社に行きづらくなっただろうと思う。
落ち込んで、なかなか這い上がることはできなかったかもしれない。
社会人として常識のない行動。自分の甘い考えから起きた出来事に泣くことしかできなかった弱さ。軽い考えでたくさんの人に迷惑をかけた。
…面談した子たちとおんなじだ。
でも私には、心を守ってくれた上司がいた。背中を見せてたくさんのことを教えてくれた上司がいた。
私も、彼ら彼女らにとって、そういう存在でありたいと思った。
もっと大きな心で。
もっと愛情深く。
もっと優しい大人に。
なりたいな。
なんで急にこんなこと思い出したのかはわからない。でも、うん十年も前の出来事を思い出して、今日もまた涙が出そうになった。
岡部課長、ありがとうございました。
今は課長ではないね、絶対。


