若かりし頃の10年間、共に仕事をしていた静ちゃんと私は遠距離友達

知り合ってから20年以上。
お互い年をとってすっかりおじさんとおばさんになったけど、昔も今もなぁにも変わらない付き合いのできる、とってもいいお友達なのだ。
私たちが働いていた場所は学校。
超ヤンキーな高校生たちを相手にしながら、若かった私も大人にさせてもらったな~と思う

2001年9月11日。
映画のワンシーンのようなおぞましい映像が飛び込んできた。
アメリカ同時多発テロ。
震えながらTVを見ていた真夜中、静ちゃんからの電話が鳴った。
「弟がWTCビルに勤めている。」
背筋が凍った。
鳥肌が立ち、一瞬完全にパニクった。
翌日、静ちゃんはNYに飛んだ。
弟さんはカナダに出張に行っていたため無事だったと聞いたときは、安堵の涙が出たっけな。あのときの緊張感は今でも鮮明に思い出せてしまう。
その翌年、静ちゃんは歯医者さんになると言って、学校を退職した。
そのときすでに30代半ば。
最初聞いたときはビックリしたわー。
いつか海外で仕事がしたいのだそう。
あれだ。
国境なき医師団!みたいなやつ。
歯医者さんは少ないんだって。
1年間は勉強する。
そう言って新たな道を歩き始めた夏。
弟さんがNYで亡くなった。
学校にいるときに電話が来て、仕事が終わってからでいいから空港まで送ってほしいという。1人でJRに乗るのが怖かったのだとあとから聞いた。
「すぐに行ってやって!」と他の先生たちに言われて学校を出て、そのまま静ちゃんの家に行った。その時点ではまだ状況はなにもわからなかった。
「スーツケースに喪服入れた…。」
車の中でそう呟いた静ちゃん。
認めたくないのに、…なのに喪服を用意しなきゃならなかった静ちゃんの気持ちを考えたら、たまらなかった。
静ちゃんを見送った帰り道、泣いて車の運転ができなくなった。
死因は結局わからないまま。
突然死。
同時多発テロで多くの同僚を亡くし、新しいオフィスを立ち上げ、異国で他に家族もいない。心労も身労も想像を絶するものだったのだろう。
当時は2つのオフィスを行き来していたため、出社していないことに誰も気付かなかった。「あっちのオフィスにいるのだろう」と両方が思っていたらしい。そんな不運が重なり、マンションで何日も発見されずにいた弟さん。
日本から家族を呼ぶため、静ちゃんはたった1人で葬儀の準備をした。少しでも両親と妹さんにショックを与えたくないと、必死だった。傷んでしまった弟さんの顔を修復する手続き、マンションの異臭を取り除くための手配、勤めていた会社への挨拶。
どれだけ苦しかっただろう。
すべてを終えて帰ってきたときは痛々しいほどにやつれていた。
静ちゃんの慟哭する姿。
今でも心に痛みが残っている。
そんな悲しみを乗り越えて、静ちゃんは翌春、2度目の大学生になった。
6年間でちゃんと卒業。
九州で研修医として働き、今は弘前で立派に歯医者さんをしている。
私の尊敬する友達。
静ちゃんのことを書いてみた。
大ちゃんのことは今日はおやすみ。
と、思ったのに…、あぁっ

可愛過ぎる文章とギャップのある憂い顔写真。いやーん

頑張らせたくないけど頑張ってー

んで、しつこいキャプ

あーっ

は、遥ちゃんがステップで転んだ~

ジャンプ、全部キレイに決めたのに。
遥ちゃん頑張ってほしいなー。










