これに関することを書くのは
最初で最後だろうと思う
というか
もう書かなくて済むようにしたい
2年前に始まった
世界的pandemicで
日本も様変わりした
というより
日本人の根深いところにある
慎重さとか
生真面目さとか
右に倣えとか
そんなことが
浮き彫りになった2年だったと思う
少なくとも
私の知る限りでは
世界の動向を見て
自分の言動を決めなければならない
著名人やスポーツマンなどを除き
自分の意思決定で生きていける人で
堂々とワクチン接種をしたと言っているのを
聞いたことがない
むしろ
自分の身内には打たせないという
意見しか知らない
あくまでも
私の知る限り、ですよ
日本にいて
一般人として
その一部で生きている私は
打たないという選択をしてきた
「接種は任意です」
という
政府の方針からも
逸脱もしていない
周りの人間も
「強制はしない」
「納得してないなら打たなくていいのでは」
「意志を尊重する」
と
打たないことを否定しなかったし
お客様商売であっても
できる限りの注意は払ってきた
(結果論かも知れないけど
罹患させた、も
移った、も
今まで一度もありません)
インフルエンザでも
接種をした方が罹患してきたし
世の中が飛びつく様を見て
得体の知れないものを
どうして喜んで
自分の体内に入れるのかと
不思議でならなかった
まあ
ウィルスそのものが得体が知れないわけだから
どっちもどっちなのかも知れないけどね
表立って言う人はいないけど
地球には自浄作用というのがあって
疫病や大震災などが起きるときは
それが働いていると言われています
最近の映画で
指パッチンで生き物の数を
半分に減らすことができる力を
奪い合う、みたいな話があったけど
誰かが意図してやるのではなく
地球が自らそれを選択しているということ
だから
自分が罹患したり
身内が罹患したり
何かあっても
想像を絶する辛さだと思うけど
そういう運命だったと
少しずつ受け入れるしかない
ただ
打たないという選択をして以降も
自分や周りの行動で
罹患するという気は
全くなくて
特に自分自身は
罹患しないという
根拠のない自信があった
ただ
ウィルスが変異を続け
「任意」だったはずのものが
同調圧力で「強制」になり
いつの間にか
打たないと危険、という
よくわからない理論が正論となり
厚労省のデータ改ざんは
ネットニュースになっても
テレビで報道されることも
ネットでトップニュースになることもなく
みんなが右に倣えで
私の声は届かなくなった
そして私は
同調圧力によって
打つことを選択せざるを得なくなった
テレビで報道されている
9割を超える接種率の何割が
自ら望んで接種をしたんだろうか
ここ何年もかかって
自分の心の声を聞き
自分の気持ちに正直に生きていく
ということを
やっとやっとできてきた
それが
この選択をしなければ
今の生活は全てないものになる
そうなった時に
私は自分の声に
耳を塞いだ
いや
自分を押さえつけて
なきものにした
抹殺した
誰が聞いてくれなくても
自分だけは味方でいようと思っていた自分に
背を向けたのだ
それは
想像以上に辛いことだった
なぜ
なぜ
なぜ
最後まで
自分を守ってあげられなかったのか
1回目の摂取後に
舌の痺れが出て
もう料理の仕事はできないんじゃないかと
不安で仕方がなかった
幸にして
その症状は
程なくおさまったけど
2回目にもまた同じ症状が出て
同じようにおさまってくれるのか
これを一生抱えていくのか
不安で仕方がない
そんな思いをしてまで
自分に背を向けた自分が
嫌で嫌で
だからと言って
どんなに自分に謝っても
一生償えないとわかっている
私は自分を潰したのと引き換えに
安心できる生活を
手に入れたかっただけだけど
自分を潰して得られるものなんて
安心でもなんでもなかった
ただただ
哀色の世界が広がるのみ
